国土交通省は「安全確保のためにも私鉄の経営の安定は不可欠だ」としている。国交省にとっても、「羽田、成田空港へのアクセス路線の確保」は必要不可欠なテーマである。羽田、成田へのアクセス路線を担う京浜急行電鉄と京成電鉄の経営統合説が浮上してきたのは、こうした背景がある。
京浜急行は羽田空港と都心を結ぶ路線を持つ。羽田空港へのアクセスで京急は、リムジンバスやモノレールとの競争に勝ってきた。19年10月、空港線の運賃を戦略的に大幅に値下げしたことにより、乗降客数を伸ばした「勝ち組」である。しかし、JR東日本の「羽田空港アクセス線」が開通すれば、シェア低下は避けられないだろう。
京成電鉄は、成田空港のアクセス線が存在感を増してきた。東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドの筆頭株主(22.16%保有)でもある。京成にとって成田空港発着(成田空港駅と空港第2ビル駅)の売り上げが運賃収入全体の3分の1を占める稼ぎ頭だった時期もあるが、コロナで直近の運賃収入は大きく落ち込んだ。
「京成電鉄はどちらかというと泥臭い私鉄だ。小田急電鉄と比較すると水と油だが、京浜急行と京成は過去何回か合併話が進みかけたことがある」(関係者)。羽田・成田両空港間を地下鉄浅草駅経由で相互に乗り入れていることについては前述のとおりだ。
第二次大戦中、東急創業者の五島慶太氏が主導して、現在の東急が京王電鉄、小田急電鉄、京浜急行、相模鉄道を統合。一時期、「大東急」となったことがある。戦後、各社に再び別れ、現在は一部の路線で激しく競合している。渋谷を本拠地とする東急グループの中核である東急、新宿を拠点に箱根観光に強い小田急、新宿と東京・多摩地区を結ぶ京王電鉄の大同団結が、もう一度成就するには多くの関門が残されている。
ただし、新宿地区にターミナル百貨店をそれぞれが持つ小田急と京王電鉄の百貨店部門の経営統合話は浮かんでは消えたりしている。
“百貨店不況”は深刻である。新宿地区には三越伊勢丹HDの新宿伊勢丹という巨艦が君臨する。小田急、京王とも、平時でも苦戦が続いていた。百貨店の事業統合をテコに小田急と京王が広範に業務提携することはあり得るかもしれない。
関西圏では06年、阪急ホールディングスが阪神電気鉄道を買収。阪急阪神ホールディングスが誕生した。両社は百貨店やホテル部門で競合してきたが、一体運営へとカジを切った。営業キロ数で国内最大を誇る近鉄グループホールディングスはどう動こうとしているのだろうか。音なしの構えである。
大阪南部や和歌山が地盤の南海電気鉄道は関西国際空港に乗り入れている。京阪ホールディングスは京阪間と滋賀が営業エリアだ。神戸―有馬、三田が主力路線の神戸電鉄は阪急系(阪急阪神HDが27.3%出資)だ。京都と福井に営業地盤を持つ京福電気鉄道もある。神戸―姫路間を走る山陽電気鉄道は阪神電気鉄道が筆頭株主(17.4%を保有)。阪神電鉄と相互乗り入れをしている。
京阪HD(年商3000億円規模)、南海(同2000億円規模)は中堅私鉄。山陽(同400~500億円規模)、神戸(同200億円)、京福電鉄(同100億円)はローカル私鉄という範疇に入る。今後、中堅・零細私鉄を糾合するかたちで近鉄グループと阪急阪神HDの2強に収斂する青写真が描けるかどうかにかかっている。
阪急と阪神の経営統合の背中を押したのは旧村上ファンドの村上世彰氏。村上ファンドが阪神電鉄株を買い占めたことが発端となった。大阪府・大阪市といった地方自治体のトップが関西の私鉄の一本化の旗振り役となればいいのだが、力不足である。
(文=編集部)