焼いて脂の乗った身にすだちをかけて口に運んでよし、刺し身にしてもよし。近年、日本人の好物であるサンマが取れなくなっている。漁が始まる夏と終わる冬にテレビなどでしばしば不漁の話題が取り上げられる。「不漁だ」「漁獲量が過去最低だ」ということばかりをクローズアップしていては、困るのは漁師、加工流通業者、漁業団体から支援を受ける政治家、天下り先がなくなるかもしれない官僚だけという冷ややかな見方が成り立つ。価格が高ければ、消費者はサバやマイワシなど安い魚にシフトすればいいだけの話だ。
問題の本質は、資源保護の意識が皆無である中国が大量に乱獲していること。長期的かつ安定的に漁獲できるよう、先進国では、精度は別にして資源管理を当たり前のように行っている。海洋国家を標榜する中国の乱獲を抑え込めないと、気が付いたら資源量が激減している「第2のサンマ」を生みかねない。
中国は世界中の海で暴れまくっている。昨年4月、アルゼンチンの排他的経済水域(EEZ)内で中国漁船が悪質なイカの密漁を行っていることが発覚した。これだけにとどまらず、昨夏には数百隻がガラパゴス諸島沖に押し寄せた。中華料理に使うフカヒレの原料となるサメなどの漁獲が目的とされる。密漁が完全に止む気配はなく、モラルも何もあったものではない。
これに怒ったのが、エクアドル、チリ、ペルー、コロンビアの南米4カ国。4カ国は名指しこそ避けたものの、中国を念頭に置き、外国漁船による公海上での漁は漁業資源に悪影響を与えるとする共同声明を公表している。
片や日本はどうか。日本海で中国の大型漁船が違法にスルメイカを乱獲しているが、EEZに侵入した目の前の漁船を追い払うので手一杯。具体的な行動を起こしていない。なぜ中国に強い姿勢で臨まないのか。安倍晋三首相から外交に弱い菅義偉首相への交代、米国ではバイデン新政権が誕生するなどの変化が起きる中、日本が対中政策を含めた外交戦略を描き切れていないことが背景にありそうだ。何もせずに時間だけが経過すると、気が付いたときには「外務省が漁業者を切り捨て、中国を利するようなことをしかねない」(政府関係者)という懸念もくすぶる。
中国が世界中でイカを取りまくる背景について、日本政府関係者は「中国にはイカの工業団地があり、大量に集めてこないと工場が回らなくなってしまう」と解説する。そこで加工された違法に漁獲された水産物が「日本に入ってきているかもしれない」(関係者)という笑えない噂もある。
スルメイカやサンマを「取り尽くすだけ取り尽くして、取れなくなれば別の魚種を取ればいいと中国は考える」(同)かもしれない。こうした考えの下、公海上などで乱獲されると、国際的に保護する仕組みのない魚種は枯渇しかねない。
今年2月にはサンマの資源管理を話し合う国際会議が開かれる。現在、国際的に導入している規制措置は「ほとんど意味がない」(海洋政策の研究者)との批判が根強くある。日本政府は、実効性を持たせるためにも、トータルの漁獲上限を減らし、国・地域別の漁獲枠の導入を目指している。ここで成功すれば、中国の資源管理に対する意識も高まり、少なくともサンマの乱獲には歯止めをかけられる。ただ、今回の会議は本音と建前をうまく使い分ける対面形式ではなく、テレビ会議方式。漁獲枠を設けるなど「複雑な交渉」(関係者)は暗雲が立ち込めている。
もちろん、中国や台湾の漁船による乱獲だけが原因ではない。海水温の上昇により、サンマが三陸などに寄りつかなくなっていることも原因の可能性がある。ここのメカニズムの解明も待ったなしだ。さまざまな要因が絡まり、日本の昨年の漁獲量は2年連続で過去最低を更新し、約2万9000トンにとどまった。
(文=編集部)