給与所得の減少の3倍もの支出増にもかかわらず、雇用の回復も止まってきており、このような財政支出は非効率的であるといわざるを得ない。雇用を増やすためには投資の増加が不可欠だが、民間企業にできる投資は限られている。政府が率先して投資主体とならない限り、雇用が拡大する状況にはないのである。
バイデン大統領が尊敬しているルーズベルト大統領は、1930年代の大恐慌期に大規模な公共事業の実施を通じて800万人以上の雇用を創出したとされているが、筆者が注目しているのは、サンダース上院議員の経済顧問を務めるケルトン・ニューヨーク州立大学教授が提唱する「地域密着型の公共サービス雇用制度」である。
この制度はまず最初に地域の人々自身がコミュニティーなどのケア(世話)に必要な具体的な仕事を決める。これを踏まえ、基礎自治体は仕事の案件のストックをつくり、さまざまなスキルや関心を持った失業者に対して適切な仕事(時給15ドル以上、就労形態は自由)を提供する体制を整備する。必要な財源は、中央政府(労働省)が確保するというものである。
このようなやり方であれば、低スキルが災いして労働市場に参入できないでいるトランプ支持者に対しても意義のある仕事を提供できるのではないだろうか。バイデン大統領は就任式で「民主主義が勝利した」と力説したが、 現在の間接民主主義という制度は、あくまでも統治形態の一つにすぎない。フランス革命以降、人々が求めていたのは、理念やイデオロギーの実現ではなく、物質的な生活条件の向上であったことを忘れてはならない。民主主義の実現自体が目的だったのではなく、万人の利益を保証する全体システムの構築が本来の目的だったはずである。
バイデン政権は、意義ある「雇用」の創出を通じてのみ、米国社会の「分断」を癒やすことができると肝に銘じるべきである。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)
●藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 現職