ハードウェアの性能向上を根拠にあげていますが、そんなものは最低限の必要条件でしかありません。人間が入出力の定義すらしてあげることなく、学習に必要な良質データを自発的に選択して収集したり自動生成して自発的に学習できるAGI(汎用AI)の実現の目途がたっていない以上、8年半後に「2029年に人間のすべての能力をAIが超える」のはあり得ないでしょう。
吉成さんによる先のカーツワイル氏へのインタビューの中で、「新皮質の量的拡大」という小見出しのところで彼は次のように発言しています。
「われわれの脳の新皮質は、基本的には三億ほどのモジュールから成り立っていて、それぞれのモジュールは約100のニューロンでできています。それぞれのモジュールがパターン認識をし、これらのパターン認識モジュールは、ヒエラルキーをなしています。こうして思考というものが行われているわけです」
ちょっと待ってください。見たもの、聞いたものが何であるかを当てるパターン認識を積み上げると論理的思考になるのですか? その短絡はまったく論理的でありません。脳がどこかで論理的思考をしているけど、みたところ脳にはもっぱらニューロンの階層的な構造が多いから、きっと思考もパターン認識のようなものだろう。このような粗雑で稚拙な思考力しかない人にはPhD(博士号)は取れません。そして、本当の論理的思考力のなんたるかを体感できないのだから、お手本としての人間の思考をモデル化する資格もないといえるでしょう。
意識の上で、直列的、直線的に因果関係を考えていく。これは超並列計算でパターン認識が行われる様子とはずいぶん違います。パターン認識の上位階層が論理的思考という仮説を少々乱暴に唱えてもいいですが、意識は脳内の一部に局在するというよりは全体に分散、広がって存在しているという説のほうが有力です。さらに意識の具合や発想は、ニューラルネットワーク上の電気信号でなく、脳全体に化学物質が一斉に放たれて状態を一気に変えられてしまうこともわかっています。これらを含む脳の仕組みを完全に人工的に再現するのは不可能ではないかもしれません(私も「人間=機械」論者です)。
しかし、今世紀中に実現できる気はしません。超高速コンピュータ上のソフトウェアでシミュレートしつつ、自意識が生まれるという断層的なブレークスルーの可能性までは否定しない。でも、それは、土星の衛星タイタンで生命が発見されるのを待つようなものです。冥王星の地底に知的生命体がいる可能性だって完全に否定するのは困難な「悪魔の証明」ですが、その可能性を前提に企業が事業計画たてたり文科省、厚労省が政策を決めたりしてはいけない。シンギュラリティについても同様ではないでしょうか。
いつもより長くなってしまいました。前回予告した、「(カーツワイル氏の)2045年のシンギュラリティとの違い」については、また次回以降としたいと思います。
(文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)