「2029年にAIが人間の能力全般を超える」があり得ない理由が5分でわかるお話

 サブタイトルには「2029年、コンピュータが人間の知能を超える」とあります。上記の発言がもし、何百万種類のあらゆる仕事で人類No.1の能力を、特殊な完全情報ゲーム(囲碁などです)と同様に打ち負かすという意味だとすれば、ベートーベンの再来、カズオイシグロの『わたしを離さないで』を超える小説を書いてノーベル文学賞をとるAIの出現、その他あらゆるノーベル賞を独占し、超高度な発明・発見をともなう医療や、人間世界のもめごとを解決する法曹界の仕事も2029年までにAIが人間に圧勝することになります。

 それほどでなくとも、各分野の専門家の平均的な能力を超えることは果たして可能でしょうか? 日々苦労してAI開発を実際にやっている者としては、実務現場を「見て」どこからどこまでがルールでなく暗黙知で処理されていて、どこにまだ取得できていないデータが潜んでいて、それを的確にデジタル表現するにはどうした良いかを考え出せるAIが8年後に出現するとは到底考えられません。身体感覚や社会常識、過去の経験や情動と結びついた人間の動機を本当の意味で理解する能力は、ハードウェアの速さとは直接関係ないのです。

人間の専門家の能力について

 人間の専門家は、自分の身体能力、感覚、把握、そして反射的に行う習慣化した動作などで、暗黙知を駆使します。暗黙知だから、なぜ自分がそのようにできるのか説明できません(なぜこの写真がミカンで別の写真は柿なのか説明できないのと同様)。入力データと出力データが定義できれば、その途中のブラックボックス、暗黙知をそのままキャプチャーできることもある深層学習は偉大です。

 しかし、また、自分や他人の仕事の一部を論理的思考によって客観的に評価し、「なぜそうなるのか?」の因果関係を本当の意味で理解し、ゼロから代案、改良案を発明し、実施して反省することができるのは人間だけです。少なくとも、先の見通しが読める数十年単位の未来までは。

 例えば医師や弁護士です。暗黙知や経験知と形式知を絶妙に組み合わせて事態を診断、把握します。患者やクライアントに嘘をつかれてもそれを見抜いて適切に対処し、事態を解決できます。このような普通の医師や弁護士の仕事の一部を拙著『AIに勝つ!』で解説しています。彼ら一人ひとりの仕事全体をAIで置き換えられる目途はたっていません。

 しかし、カーツワイル氏は2029年に人間のすべての能力をAIが超えると主張しています。この主張をどう割り引いても、普通の医師、看護師、弁護士、検事、裁判官が2029年にAIに追い越されると聞こえます。オックスフォード大学のオズボーン准教授が2013年に発表した、遠くない将来98~99%の確率でなくなる20種類の仕事には、電話セールス、保険の審査担当、入出荷・物流管理者、部品のセールスマン、融資スペシャリストなどがあります。これらの仕事の担当者が消滅した、いや、たった1人でも、AIに取って代わられたとは寡聞にして知りません。さまざまな暗黙知と形式知を組み合わせて駆使し、社会常識や感情を備えた人間を相手にして、当意即妙に対応しなければ通用しないという点では、医師や弁護士に準じます。彼らほどの高度専門知識体系(主に形式知)はもっていなくても仕事できる点が違うだけでしょう。

 現時点で産業界で実現している技術は、20~30年前には、プロトタイプが研究室で誕生し、実用化の見通しがたっていたものがほとんどです。この世に何万種類の仕事があるなかで、そのすべてについて個別に研究しつくされ、自動化の手法が発明されているのでしょうか? 「2029年に人間のすべての能力をAIが超える」と明言したカーツワイル氏は自分の言っていることがわかっているのでしょうか?