ニチイ学館は、この2つに配慮しなかった、と批判されている。
MBOに異を唱えたのが5%未満の株式を持つ香港の投資ファンド、リム・アドバイザーズだった。リム・アドバイザーズは6月11日、ニチイ学館への質問状を公開した。質問状では「納税のために株式を現金化する一方で、公開買い付けによる手取金の一部を公開買付者経由で再投資することで事業に対する支配権を維持したいとの創業者親族の思惑により、株価低迷を奇貨としてMBO案が推し進められてしまったのではないか」との見方を示し、「少数株主を犠牲にしている」と批難した。
指針が提言する「公正性」をニチイは採用していなかったことを、その根拠として挙げた。
リム・アドバイザーズが価格設定の過程が公正ではなく、2400円が適正だと異議を唱えたこともあって、ニチイ学館の株価はTOB価格上回って推移した。ベインキャピタルのTOB価格は当初1株1500円だったが、リムの揺さぶりもあり、TOB期間を3回延長。7月31日にTOB価格を1670円に引き上げ、締め切りを8月17日とした。
買い付け価格の引き上げで、12%あまりをもつアクティビストファンド、エフィッシモ・キャピタル・マネージメントを味方に引き入れた。エフィッシモはTOBに応募することになった。エフィッシモはTOB終了後、ベイン傘下のニチイ学館に再出資すると発表した。
タイムリミットの8月17日、香港拠点の投資ファンド、ベアリング・プライベート・エクイティ・アジアが1株2000円のTOB価格を提示し、創業家の一部に複数回にわたって書簡を送っていたと公表した。創業一族の1人は「コロナ禍という混乱に乗じて(TOB価格は)不当に低く決定された」とするベアリングの書簡を明らかにした。
リムはエフィッシモが再出資する枠組みについて「株主平等」の観点から問題視した。紆余曲折はあつたものの、結局、MBOは成立し、ニチイ学館は上場廃止となる。
今回、問題になったのは「少数株主を軽視している」という点だ。経産省のM&Aの指針が、まったく活かされなかった。ニチイ学館は少数株主からの訴訟リスクを抱えることになった。指針が掲げる公平性はMBOに限っていない。親子上場解消のための親会社による子会社の買収でも同じことがいえる。上場子会社には親会社出身の取締役が多い。上場会社としては、すべての利害を考慮しなければならない。
利益相反を抱える親子上場解消は喫緊の課題だが、子会社の経営陣は親会社の利益にばかり目が向きがちだ。「公平性」を錦の御旗に掲げる投資ファンドは、少数株主のためを口実に、TOB価格の引き上げを求めることになる。親会社にとって頭の痛い問題である。
(文=編集部)