その一方で、米国ではアマゾンが日用品から生鮮食料品の販売までを行い、物流に大きな変革がもたらされた。多くの消費者がECのプラットフォーマーを通してモノを購入するようになった。デジタル化への対応が遅れた米国企業は淘汰され始めた。2017年には米国の玩具小売り大手トイザらスがチャプター11を申請した。翌年には、カタログ通販で米国の小売市場を開拓し一時は業界を席巻したシアーズ(旧シアーズ・ローバック)が、2019年にはカジュアル衣料大手のフォーエバー21がチャプター11を申請した。
消費の現場としてのデジタル空間の重要性が高まるなかで、良品計画はネットストアの運営を進めた。しかし、2019年末にはシステムトラブルが発生し、ネットストアが使えなくなってしまった。ユーザーが安心して利用できるサイトを構築できなかったことはかなり致命的だ。
それに加えて、2020年には新型コロナウイルスが発生し、良品計画をはじめ世界の小売業界の店舗販売は大幅に落ち込んだ。対照的に、オンラインでの小売りは増加している。多くの人が感染のリスクを防ぐために自宅にこもらざるを得なくなった。その結果、ECプラットフォーマーの重要性が急速に高まった。
重要なことは、消費者にとって、オンライン(ネット)とオフライン(実店舗)の差がほとんどなくなっていることだ。小売業のなかには、AR(拡張現実)技術などを用いて、家具が自らの住空間に合うか、化粧品が自分の肌に合うかなど新しい消費体験を提供する企業が出始めている。
コロナショックを境にして、世界経済は大きく、かつ急速に変化している。それを考えるキーワードの一つがデジタルトランスフォーメーションだ。それは、デジタル技術の活用が人々のよりよい生き方を支えることを意味する。
新型コロナウイルスに効果のあるワクチンや治療薬は開発段階だ。その効果や供給体制がどうなるか、不確実な部分がある。当面、世界経済は新型コロナウイルスに対応しなければならず、デジタル化は勢いづくだろう。感染終息後も、店舗への客足の戻りは鈍くなる可能性がある。
そうした変化を象徴するのが、ECプラットフォームを提供するカナダ企業ショピファイだ。年初来、同社の株価は1.5倍超上昇した。それは、アマゾンの株価上昇率(約70%)を上回る。ショピファイは、サイトの作成、在庫管理、物流、決済など小売業の業務を効率化するシステムを開発し、顧客企業に提供する。顧客企業は利用するサービスの内容に応じた料金を支払う。ショピファイはアマゾンとの差別化のために、顧客企業が消費者のデータを追跡できるようにしている。それによって企業はデジタル空間上でのマーケティング戦略の効果を直に確認し、戦略の強化と修正に活用できる。また、顧客はシステム構築などにかかるコストも節約できる。すでに、ショピファイの導入企業数は100万社を超えた。
店舗運営に注力してきた企業が、デジタル空間で強みを発揮することができるとは限らない。良品計画のネットストアが一時停止してしまったことは、同社がデジタル化を進めるために十分な力を有していないことの裏返しといって過言ではない。
良品計画の経営陣は、冷静かつ客観的に自社の置かれた状況を理解すべきだ。経営陣は課題解決のためにデジタル技術に強みを持つ企業との提携などを進め、遅れを取り戻さなければならない。その上で同社が魅力ある商品開発を進め、デジタル空間上で人々が無印良品ブランド商品の良さを実感できる環境を整備できるか否かが、今後の業績と成長を左右するだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)