オルガンというのは、規格に当てはまった定型の楽器を、設置場所にはめ込むのではなく、その建物に合わせてつくり上げていきます。つまり、建物の中に建造物をつくり上げるようなもので、世界に同じものがひとつとしてない、すべてオリジナルなのです。しかも、音を調律するにしても、ピアノのように弦を張ったり緩めたりというような簡単なものではなく、長いものは11メートル、小さいものは小指くらいしかない一本一本のパイプを実際に吹いて音を確認しながら丹念に調整していくという、気の遠くなるような作業をしなくてはなりません。
そのため、東京芸術劇場のパイプオルガンのように9000本もパイプがあるものでは、調律だけでも1週間から10日間もかかります。しかも、コンサートホールのオルガンは、オーケストラのピッチと正確に合わせなければ使いものになりません。
パイプオルガンは世界で一番大きく高価で、メンテナンス料金もかかる大変な楽器であることがおわかりいただけると思います。しかし、たったひとりの演奏家が演奏しているとは思えないような壮大な音が、音響機器も通さずに2000人のホールの隅々にまで広がるのを聴けば、そんなことは忘れて大感動されるに違いありません。
ところで、パイプオルガンがそれほどまでに莫大な金額のかかるものであれば、小さな教会やホールでは手が届かなくなってしまいます。実は、個人でも購入できるような小さく、移動も可能なパイプオルガンも販売されており、世界の各地で活躍しています。
しかも皆さんは、小学校の頃に一度は同じような楽器を演奏したことがあるはずです。それは「ピアニカ」という楽器です。吹き込んだ息がパイプに通って音が出るという点では、パイプオルガンと構造が同じなのです。何が違うかといえば、パイプオルガンは楽器が巨大なために、電力モーターにより空気が送られている点です。
もちろん、パイプオルガン全盛期のバッハの時代には電力などないので、「ふいご師」と呼ばれる人たちが「ふいご」を人力で踏んで空気を送り、音を出していたのです。これは大変な重労働でした。夜中に急に演奏したくなり、気持ち良く寝ていたふいご師を起こすような迷惑な演奏家もいたそうですが、音楽の素養がある罪人に、刑罰としてこの大変な重労働をさせていたケースも多かったそうです。
音楽がわかる罪人というのも変な話ですが、中世のドイツでは、楽器がうまく弾けないのに演奏を人に聴かせて収入を得ていた演奏家を捕まえて処罰する法律がある町もありました。そんな町で、罪人たちが「たまたま、調子が悪かっただけなのに」などと下手な腕前を棚上げして文句を言いつつ、バッハが弾いている崇高なオルガンの下で、汗を拭きながらふいごを踏んでいたのかもしれません。
(文=篠崎靖男/指揮者)
●篠﨑靖男
桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/