15年ぶりにオペルが日本市場に復帰する――。そのニュースを耳にした時、我が耳を疑ったのも事実である。というのも、フォードが日本市場から撤退し、東京モーターショーへの出展メーカーが減少するなど、シュリンクする日本市場に新たに参入するメーカーがあるとは考えていなかったからだ。
そもそも若い世代には、オペルそのものの存在すら知らない人がいるのかもしれない。オペルという自動車が日本に輸入されていたことすら知る人も少ないのだろうと想像する。そんなオペルが今になってなぜ日本に再進出するのか。
オペルは1863年に起業し、自動車生産に進出したのが1899年という老舗メーカーである。その歴史は120年にも及ぶ。もともとミシンの製造会社だったから、たとえばトヨタ自動車のルーツが豊田佐吉が興した自動織機にあり、社内の自動車部が独立して一大メーカーに成長したことと生い立ちが重なる。そんなオペルは、かつて日本に進出していた。年配のクルマ好きならば、ほとんどが知っているほどのブランドに成長した。今でも海外で目にすることは少なくない。
世界好況の名残りのある1990年代には販売も好調で、日本でも親しまれていた。「カリブラ」や「コルサ」、あるいはカデットの名はポピュラーだった。全日本ツーリングカー選手権で勝利をしたほど若い世代に人気があった。日本のメーカーとも関係が深く、いすゞ・ジェミニとプラットフォームを共有する兄弟車として派生した歴史もある。
ただ、経営的には安定していたとはいえず、買収と放出に翻弄されてきた。1931年には米ゼネラルモーターズ(GM)の完全子会社となり、その後、日本市場からも撤退する。いすゞとコラボしていたのは、いすゞも同様にGMと資本関係を結んでいたからである。そもそも、いすゞが乗用車メーカーだったことを知る人も少ないかもしれない。
その後、2009年にGMが経営破綻すると、オペルブランドの放出が噂された。そこにプジョーやシトロエンをメインに展開するPSAグループが目をつけた。技術的な側面だけではなく、販売態勢にもテコ入れしたことが功を奏し、販売が好転。どん底からの復活を果たした。2017年には正式にPSAグループに組み入れられ、世界の市場に積極展開することになる。その余勢をかって、日本進出を果たすことになったというわけだ。正式参入は2021年と発表されている。
予定されているモデルラインナップは充実している。モデルの中核をなすのはコンパクトハッチバックの「コルサ」であり、さらにコンパクトな「コンボ・ライフ」が準備されるという。当然のこととして、ミドルサイズのSUVも欠かせない。「グランドランドX」が投入されることで存在感が際立つことだと思う。古くからのオペルらしく、大衆車路線で進むようだ。
一旦撤退したメーカーが復権を果たすのは、簡単ではない。ブランド認知から育てなければならないし、販売店の確保や拡充も急がなければならない。だが、沈静化する日本市場にとっては明るいニュースである。オペル再上陸を温かく迎えようという機運は少なくない。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)
●木下隆之
プロレーシングドライバー、レーシングチームプリンシパル、クリエイティブディレクター、文筆業、自動車評論家、日本カーオブザイヤー選考委員、日本ボートオブザイヤー選考委員、日本自動車ジャーナリスト協会会員 「木下隆之のクルマ三昧」「木下隆之の試乗スケッチ」(いずれも産経新聞社)、「木下隆之のクルマ・スキ・トモニ」(TOYOTA GAZOO RACING)、「木下隆之のR’s百景」「木下隆之のハビタブルゾーン」(いずれも交通タイムス社)、「木下隆之の人生いつでもREDZONE」(ネコ・パブリッシング)など連載を多数抱える。