“消えた”緊急事態宣言発令、なぜデマは流れた?安倍首相官邸、発令への“判断基準”

 医師会が最も恐れるのは医療現場の崩壊です。新型コロナウイルス感染症対策に専念すべきなのはいうまでもありませんが、病院内には他の疾病を抱えた多くの患者がいます。新型コロナウイルスは既往症があると重篤化することがわかっています。つまり院内感染が拡大すれば病院内がどのようになるのかは想像に難しくはないのです。

 新型コロナの患者が病院に殺到すれば、それだけ院内感染のリスクが高まり、最悪の場合、日本の医療現場も過酷な状況になります。病院にいる新型コロナに起因しない他の多くの患者も含めた、本来であれば救えた命が救えなくなる可能性があるのです。

 緊急事態宣言はいわば無症状感染者の方に家にいてもらう方策です。医政を担当する厚労省としては、厚生労働大臣以下、最悪のケースを想定して改正新型インフルエンザ等特措法が成立した段階ですでに準備を始めていました。医師会も同様です。

 状況が明らかに急変しつつあった28日の段階で、医師会は首相官邸に30日の会見で語ったような内容を伝えていたようです。今回の件は単なるデマかもしれませんが、そうした水面下の動きが漏れ伝わっていろんな噂が出ているのではないかと思います。

 結局、医師会の意見表明があっても、官邸や政府閣僚内でさまざまな意見があるようで、今日まで緊急事態宣言は発令されていません。この案件では最低でも日本経済団体連合会、日本銀行、財務省、経産省、文科省、国土交通省、防衛省、警察庁、外務省への根回しと同意が必要になるのですが、話がまとまらなかったのではないでしょうか。世耕氏が菅官房長官の会見を引き合いに出して、緊急事態宣言を重ねて否定されているのも、そういう理由があるからではないかと思われます。

 審議会や各専門家団体などの複数の同意を得て、進めるのが政府施策の定石です。最終的には釜萢常任理事が会見で指摘したように、これは政治的な決断が必要になります。

 我々にできるのは、安倍首相に対して『こういう条件がそろうと、このようになり、最悪このようになる』という予測と、それに対処するためのいくつかの手段を提示することです。『宣言する』ことも『しない』ことも、結局は政治決断という言葉に行きつくのだと思います」

最終的には世論の動向次第か

 政治ジャーナリストの朝霞唯夫氏は次のように解説する。

「すでに26日に安倍晋三首相は政府対策本部の設置を指示していることからも、緊急事態宣言を選択肢の一つとして視野に入れていることは確かですが、なかなか発令には踏み切れない状況です。発令にあたって大きな問題となるのが、経済への影響です。2月下旬の段階ではリーマンショックほどの影響はないという見方が強かったですが、すでに企業倒産も発生し、特に飲食業・旅客業・宿泊業では深刻な被害が出ています。もし宣言が発令されれば経済が一部停止状態となり、中小事業者の倒産や経営者の自殺が増える可能性もあり、企業や個人の所得補償をどうするのかという問題も出てきます。

 また、省庁間の足並みがそろわないという点もあります。厚労省は、すでに宣言発令のための条件が揃っているというスタンスですが、もし発令されれば、議論が浮上している固定資産税や消費税の減税に限らず大型の減税や、所得補償が必要となるため、財務省内部には抵抗が大きい。再び小中高校の一斉休校措置などが必要になるため、文部科学省も及び腰だといわれています。

 このほかにも、国民の人権保護との兼ね合いという問題も出てきます。それほど強制力は伴わないという指摘はあるものの、一定程度は国民の生活に制限がかかる事態は免れず、戒厳令のようなムードになってしまいかねない決断に、果たして踏み込むのかどうかという議論もあるでしょう」

 では、もし政府が宣言を発令する場合、何がその決め手となるのだろうか。

「感染者数や死亡者数の推移に加えて、世論が大きな判断材料になってきます。1~2週間前に行われた各種世論調査では、“宣言発令について慎重にすべき”という声が強かったですが、ここにきて風向きが大きく変わってきています。安倍政権は非常に世論を意識する政権なので、『なぜ宣言を出さないのか』という声が強まってくれば、踏み切る可能性もある。最後は安倍首相が、麻生太郎財務相や秘書官など、信頼する少数の側近と協議して決めることになるとみられています」(朝霞氏)

 31日午後、厚生労働省はSNSアプリ「LINE」などを通じて、国民を対象にした第1回「新型コロナ対策のための全国調査」に踏み出した。宣言発令の準備は着々と進んでいるのだろうか。

(文=編集部)