うつ病患者に明るい曲はNG?楽器演奏で認知症予防?音楽の意外な“医療効果”

 彼が作曲家に依頼した左手のための協奏曲は、現在も脳疾患などのさまざまな理由で右手を使うことができなくなったピアニストの主要レパートリーとなっています。日本人では脳出血から復帰された舘野泉さんが有名です。音楽家、特にピアニストは中枢神経系が障害を起こす局所性ジストニアにかかるケースが多くみられますが、一定期間に繰り返し指を動かすことが原因と考えられています。それも、よく動かす右手に障害が出ることが多いのです。左手のための協奏曲は、そんな彼らの活動の場を支えているのです。

 一方で、音楽演奏が脳疾患のリハビリに効果があることも現在、注目されています。治療的楽器演奏というユニークな治療方法で、患者に歌を歌わせたり、楽器を一緒に演奏することで、効果を上げているそうです。

 今、社会問題化している認知症予防にも、楽器演奏は大きな効果があるといわれているのです。

 もちろん音楽を聴かせることも、音楽療法では積極的に行われています。しかし、落ち込んでいる人やうつ病患者に、良かれと思って明るい曲を聴かせて元気づけようとするのは逆効果です。実は、そのような場合には悲しい曲を聴かせるのがよいといわれているのです。

 医療情報源として有名な「コクラン共同計画」の2017年のレビューによると、悲しい音楽は、うつ病患者に少なくとも短期間の効果をもたらしたといい、将来的には音楽療法において悲しい音楽にさらなる焦点を当てることになるだろうと予測しています。

 医学博士でもあった作家の故渡辺淳一さんはコラムの中で、筋肉を傷めた場合、冷やす湿布か温める湿布か、どちらが貼ればいいのかという質問に対し、このように答えていました。

「炎症が起こっているときは冷やしたほうがいいし、回復期には温めたほうがいいとかありますが、簡単に言ってしまえば、患部が気持ち良く感じる湿布を貼ればいいのです」

 音楽も同じで、自分が今、聴きたい曲を聴くのが良いことなのでしょう。
(文=篠崎靖男/指揮者)

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/