こんにゃくはサトイモ科の植物の地下茎を加工したものです。日本、中国、韓国などのアジア圏では古くから食用とされてきましたが、最近では和食ブームに乗って、低カロリーな健康食品として欧米でも食べられるようになっています。
日本人がこんにゃくを食べるようになったのは、飛鳥時代(6世紀末~8世紀初頭)に薬として仏教と共に伝来したのがきっかけだという説が有力です。現代のように一般的な食品のひとつとして広く食べられるようになったのは、鎌倉時代から江戸時代にかけてとされています。
こんにゃくの96%以上は水で、100g当たりのカロリーはわずか7kcalです。栄養の点からはさほど見るべきところはなく、カリウムやカルシウムなどのミネラルをわずかに含む程度ですが、摂取効率は悪いので栄養を摂取するために積極的に摂る必要はありません。
しかし、1kcal当たりの食物繊維が0.4g/kcal以上と非常に高い点は注目すべきところです。食物繊維を多く含むと思われているキャベツでさえ0.08g/kcal、ごはんに至っては0.009g/kcalしか食物繊維は含まれていません。つまり、カロリーを摂ることなく食物繊維を非常に効率よく摂取できる食品が、こんにゃくなのです。では、食物繊維は私たちの体にとってどのように重要なのでしょうか。
食物繊維とは、摂取後に消化酵素で分解されない成分のすべてを指します。消化されないためエネルギー源にはなりませんが、健康を保つためには必ず摂取しなければならず、炭水化物、脂質、たんぱく質、ミネラル、ビタミンに次ぐ第六の栄養素ともいわれ、注目されています。
食物繊維には水に溶けるものと溶けないものがありますが、こんにゃくに含まれる食物繊維はほとんどが水に溶けず、大腸に届くと水分を吸収して便量を増加させます。それによって大腸が刺激され排便がスムーズになり、便秘の解消につながります。
さらに、ビフィズス菌などの善玉腸内細菌のエサにもなるため、腸内の善玉菌が増え、腸内環境が改善されます。善玉菌が全身の健康状態やストレス、うつ病などにも大きくかかわっているという報告が多くの研究者によってなされていますので、食物繊維の不足は心身の健康バランスを崩すことにつながります。
アルツハイマー病は老年期の認知症性疾患で治療方法がなく、現在早急な予防法・治療法の確立に向けて研究が進んでいます。アルツハイマー病発症にはさまざまな要因が関与していますが、脳内でアミロイドβという異常タンパク質が蓄積・増加することが主な原因と考えられています。
医薬品の研究においても、アミロイドβを抑える抗体医薬品「アデュカヌマブ」が初期アルツハイマー病に効果があるとして、バイオジェン社とエーザイ社によって米国で承認申請手続きが進んでいます。
北海道大学の研究グループはこれまでに、神経細胞から放出される二重膜で構成されたナノ顆粒「エクソソーム」がアミロイドβを除去する能力を持つことを、培養細胞とアルツハイマー病モデルマウスを用いた実験で明らかにしてきました。これらの知見をもとにした研究から、エクソソーム産生を促進する分子のひとつである植物セラミドをアルツハイマー病モデルマウスに食べさせることによって、予防効果を確認しました。
研究者らは、実験材料の植物性セラミドとして、こんにゃく芋から精製したセラミド「グルコシルセラミド」を用いました。こんにゃく芋由来セラミドは機能性食品素材として、美肌目的のサプリメントや飲料にも配合されています。マウスの遺伝子を操作して脳内にアミロイドβを過剰に産生するアルツハイマー病モデルマウスを作製し、このマウスに植物セラミド 1日1mgの量を2週間毎日食べさせる実験を行いました。
その結果、マウスの大脳皮質や海馬など認知能力に関係している領域でアミロイドβ濃度の低下と、アルツハイマー病の特徴である脳の老人斑が減少していることがわかりました。さらに、マウスの学習実験において、短期記憶の改善も認められました。
人間でも効果があるかどうかは今後の検証を待たなければなりませんが、こんにゃくは、これまで知られていたお通じを良くする作用のほかに、腸内細菌を経由して心身のバランスを取る作用、認知症を予防する作用など、意外とさまざまな健康効果を持った優れた食材のようです。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 品質統括部)
【参考資料】
「アルツハイマー病発症予防に植物(こんにゃく)セラミドが有効~認知症予防目的の機能性食品素材・新薬開発に期待~」(北海道大学)
『マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-』(共立出版/Harold McGee 著、香西みどり監訳、北山薫、北山雅彦訳)
「食品成分データベース」(文部科学省)