2005年から20年の間に、日本社会は大きく変化した。奇しくも2005年は「小泉劇場」と呼ばれた衆院選で自民党が圧勝し、郵政民営化法が成立した年だ。JR福知山線脱線事故、ライブドアによるメディア買収騒動、マンションの耐震偽装問題に揺れ、YouTubeがスタートした年でもある。いわば、今の日本社会が抱える病巣の発火点となった年と言っても過言ではない。そこから非正規雇用が増え、賃金は上がらず、円安が進み、陰謀論がはびこる。国民生活は総じて不安定になった。
そうした社会状況の変遷を『このマンガがすごい!』のランキングから読み取れるかというと、正直難しい。が、歴代のベストテンを眺めていて気がついたのは、2011年末発売の2012年版がひとつの転換点になっているのではないか、ということだ。
2011年版までは、ベテランから中堅作家による比較的メジャーな作品が主体だった。たとえばシリーズ第1弾となった『このマンガがすごい!2006』のベストテンは、次のようなラインナップだ。
多少なりともマンガに興味のある人なら(20年前の話なので年齢によるとは思うが)、ちゃんと読んだことはなくてもタイトルや作者名には見覚えある作品が多いのではないか。翌年以降も、それなりにメジャー感のある“構えの大きい作品”が多く選ばれている。
ところが、2012年版では[オトコ編]『ブラック・ジャック創作秘話』(作:宮?克・画:吉本浩二)、[オンナ編]『花のズボラ飯』(作:久住昌之・画:水沢悦子)が1位になった。前者は手?治虫の仕事ぶりを関係者への取材をもとに綴ったドキュメンタリーで、後者は夫が単身赴任中の主婦のズボラで楽しい食卓を描いたグルメものだ。どちらも良作には違いないが、ややマニアックであり、描かれている世界は小さい。
この年(2011年)は言うまでもなく東日本大震災があった年で、[オトコ編]7位には震災後の日本社会の葛藤を記録した『あの日からのマンガ』(しりあがり寿)がランクインしている。圧倒的な自然の脅威と原発事故を目の当たりにし、逆に作家たちの意識が身の回りの小さな世界に向かった――というのはうがちすぎか。
以後、もちろん『約束のネバーランド』『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』など、ジャンプ系の大ヒット作が1位を獲得した年もあるが、どちらかというと大作よりも小品、その年の瞬間最大風速的な話題作が選ばれるようになったのは事実である。そして、もうひとつの傾向として、新人あるいはそれに近い作家の初単行本や短編集が上位に入るようにもなってきた。
たとえば、穂積『式の前日』(2013年版[オンナ編]2位)、佐野菜見『坂本ですが?』(2014年版[オトコ編]2位)、大今良時『聲の形』(2015年版[オトコ編]1位)、阿部共実『ちーちゃんはちょっと足りない』(2015年版[オンナ編]1位)、小西明日翔『春の呪い』(2017年版[オンナ編]2位)、和山やま『夢中さ、きみに。』(2020年版[オンナ編]2位)、たらちねジョン『海が走るエンドロール』(2022年版[オンナ編]1位)、モクモクれん『光が死んだ夏』(2023年版[オトコ編]1位)など。