AI翻訳「ポケトーク」アメリカ市場を席巻の原動力

授業をサポートするポケトーク for スクール(筆者撮影)

通信インフラの戦略的転換

ポケトークS2では、通信インフラ面でも大きな転換を図った。これまでKDDI系列のスタートアップであるソラコムと提携していたが、新たにソフトバンクを通じてドイツの1NCE(ワンス)のサービスを採用することを決定した。松田会長は、この変更について「圧倒的な低価格」を主な理由として挙げている。1NCEのeSIMサービスは基本料金が10年間で2000円という価格設定で、173カ国で通信サービス提供が可能となる。

新機種ではKDDI系のソラコムから、ソフトバンク系の1NCEに「乗り換え」を行った(筆者撮影)

この決定は、単なる通信プロバイダーの変更以上の意味を持つ。ソフトバンクとの協業により、販売面での連携も強化され、ポケトークの市場拡大戦略に大きく寄与すると期待されている。松田会長は、この決定が「スピードや対応エリア、通信品質など、総合的に判断した結果」であると説明し、純粋にビジネス的な観点からの判断であることを強調している。

この戦略的パートナーシップの変更は、ポケトークが専用端末市場でのリーダーシップを強化し、グローバル展開を加速させる意図を明確に示している。特に、法人向け市場での競争力を高め、セキュリティや管理機能の面で他社との差別化を図るうえで重要な役割を果たすと考えられる。

日本市場での多角的な展開

ポケトークは日本国内市場においても、言葉の壁をなくす取り組みを積極的に展開している。観光産業では、訪日外国人の増加に伴い、さまざまなサービスを提供している。例えば、家電量販店大手のビックカメラでは、店頭でポケトークを無償貸し出しし、外国人客が自由に店内で買い物ができるサービスを実施している。ポケトークアナリティクスの活用により、ベトナム語話者は免税に関する質問が多いことを確認し、店頭での案内資料の拡充につながったという。

ビックカメラではインバウンド客にポケトークの貸し出しサービスを展開している(筆者撮影)

観光地の持続可能な発展にも貢献しており、小豆島では行政やJTBと連携し、「20年先の小豆島をつくるプロジェクト」に参画している。ポケトークを通じて訪日外国人と地域住民のコミュニケーションを円滑化し、オーバーツーリズムなどの課題解決に取り組んでいる。

企業での活用も進んでおり、モスフードサービスや玉三屋食品では、ポケトークを導入して外国籍社員とのコミュニケーションを支援している。外国籍社員へのトレーニングや現場での意思疎通に活用され、多様な人材の活躍を促進している。

さらに、ソフトバンクとの業務提携を強化している。ソフトバンクは現在138の自治体と包括協定を結んでおり、これらの自治体や教育機関へのポケトーク導入を推進している。例えば、宮崎県日向市では、デジタルノマド誘致の一環としてポケトークの活用が検討されている。

日本発テック企業の新たなグローバル戦略モデル

ポケトークのアメリカ市場での成功は、AI翻訳機器市場における新たな可能性を示している。個人向けから法人向けへ、そして日本市場から世界市場へと戦略を転換したことで、特にアメリカで急速な成長を遂げている。

AI技術と専用端末を組み合わせた戦略は、教育、医療、物流、公共サービスなど幅広い分野でのニーズに応えている。特に、セキュリティやプライバシー保護の要求が厳しい法人市場において、ポケトークは独自のポジションを確立しつつある。

松田会長が掲げる「言葉の壁をなくす」というビジョンは、グローバル化が進む現代社会において重要性を増している。ポケトークの成長は、多言語コミュニケーションの需要の高まりを反映しているといえるだろう。

一方で、AI技術の急速な進歩や競合他社の動向など、市場環境はつねに変化している。ポケトークが今後も成長を続けられるかは、これらの変化に柔軟に対応し、顧客ニーズを的確に捉え続けられるかにかかっている。