ソフトバンク、「医療AIに猛進」の知られざる内幕

ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長
6月27日に行われた記者説明会で熱弁を振るうソフトバンクグループの孫正義会長兼社長。新事業発表の記者説明会に出席するのは、2018年10月にトヨタ自動車との合弁会社設立以来、6年弱ぶりのことだ(撮影:今井康一)
ソフトバンクグループが、がん医療データ分析のアメリカのTempus AI, Inc.(以下、テンパス)との合弁会社設立を発表したのは、6月27日のこと。孫正義会長兼社長は、「私自身、昨年父をがんで亡くし、毎日泣いた。同じような経験をしている人の悲しみを少しでも減らしたい」と熱く語った。
 
携帯電話事業立ち上げ時の宮川潤一氏、PayPayを一気に普及させた小澤隆生氏。孫社長が新しい事業を立ち上げる際には、たいてい全幅の信頼を寄せるキーマンがいる。医療AI事業におけるキーマンは、今回の合弁会社、SB TEMPUS(エスビーテンパス)で取締役CDO(最高デジタル責任者)を務める柴山和久氏だ。
 
合弁会社立ち上げの背景、AGI(汎用人工知能)、そしてその先にあるASI(人工超知能=AGIがさらに進化したもの)への取り組み状況などを柴山氏に聞いた。
 

「柴山、メディカルAGIをやるぞ」

ーー8月1日にエスビーテンパスが設立されました。ソフトバンクグループ側の役員陣をみると、若手ホープの北原秀文氏が社長、通信事業参入時からの孫社長の懐刀である筒井多圭志氏が取締役チーフサイエンティスト、そしてビッグデータ専門家の柴山さんが取締役CDOという布陣です。そもそも孫社長からはどのように声が掛かったのですか。

検討が始まったのは昨年10月。「柴山、メディカルAGIをやるぞ」ということで孫さんに呼ばれた。メディカルAGI、そしてその先にあるメディカルASIとは、AIのパワーを医療分野に活用していこうという取り組み。背景にあるのは、がんで亡くなる人を減らしていきたい、という強い思いだ。会見でも言っていたように、孫さんのお父さんが突然のがんで亡くなったことが、大きなショックだった。

遺伝子検査データ、電子カルテのデータ、CT/MRIなどの画像データ、病理データなどを集めてAIで解析していったら、患者さんにもお医者さんにも役に立つものが開発できるんじゃないかというところからスタートしている。

柴山 和久(しばやま・かずひさ)/2003年ソフトバンクBB入社。2009年4月、ソフトバンクグループの1社としてAgoopを設立(現会長)。ビッグデータを活用した通信品質の向上などを進めた。その後もビッグデータ活用のエキスパートとして活躍。2023年10月からは孫社長直轄で進めるメディカルAGIプロジェクトの責任者に。2024年8月設立のSB TEMPUS(エスビーテンパス)では取締役CDO(最高デジタル責任者)を務める(記者撮影)

ーーなぜ柴山さんに声が掛かったと思いますか。

私はAgoop(ソフトバンク100%出資子会社)において、位置情報のビッグデータの取り扱いをしてきた経験値がある。医療に関するデータは位置情報と同様に、取り扱いに注意が必要なプライバシーデータなので、私の経験値が生かせると考えたのだろう。

それと、私には順天堂大学の客員教授という肩書もある。コロナの感染拡大抑止のための人流データの活用を進めていく中で、先ほど話に出た筒井(多圭志取締役)さんから「順天堂大学の大学院でデータサイエンスの授業を受け持たないか」との話があったので引き受けた。2020年に授業を始めたので、すでに3年目。孫もそのことを知っていた。

あと、もう1つ理由があるかもしれない。

実は、私自身が2020年に消化器系のがんを経験したがんサバイバー。当初は腸閉塞ということで手術を受けたものの、術後の検査で実はステージ2のがんであることがわかった。