これから取るべき対策は明確で、残るはタッチダウンのところだけだ。その事実については、外部からは理解や評価をしっかりとしていただいていると感じている。
――競合であるアメリカのアストロボティック・テクノロジーやインテュイティブ・マシーンズも年内に月面着陸にトライします。袴田さんは5月の会見で「1番にはこだわらないが、他社から3、4年遅れると厳しい。先頭集団にいるのが大事」とコメントしました。その意図は何でしょうか。
もしこちらがなかなか月面着陸を成功できず、その間に他のプレイヤーが着陸に成功し、その後も毎年、1回から複数回、着陸成功を重ねて実績を積んでいくとする。そうなると、宇宙事業では実績を持っているほうが強いので、お客さんが全部、向こうに流れてしまう。
お客さんの立場からすれば、まだ成功していないところにリスクを取って月面輸送を頼むより、すでに実績があるところに頼みたいと考えるのは自然だろう。
月面着陸の成功で3、4年ぐらい遅れてしまうと明確に差がついてしまい追いつけなくなる。ただし、1年ぐらいの遅れなら、そんなに大きな差はない。宇宙事業では1年はほぼ誤差の範囲で、まだまだキャッチアップできる。だから、1番に達成する必要は必ずしもないが、何年も遅れるわけにはいかないと考えている。
――その裏返しで考えると、今後、ispaceが月面着陸に早期に成功し、その後も実績を重ねていけば、後発者に対してかなり有利に立てるとお考えですか。
そういう風に思っている。新しく月面着陸船を開発しようとすれば5年ぐらいかかる。その5年のうちに先行者が1年に2回、計10回着陸を成功させていれば、お客さんは状況をブレークする新しい機能やサービスでもない限り、そちらを選ぶだろう。
宇宙事業の場合にはそういった先行者利益というのは非常に強いと思っている。先行したほうがルールを形成することもできるので、その部分でも先行者メリットがある。ある程度、先行することができれば、非常に有利な、強い状況になれると思う。
――どこが民間企業として1番乗りになるにせよ、月面着陸の成功というのは、もう目前にあります。それでは、その後の競争のポイントはどこになりますか。
まずはやはり、信頼性、着陸の成功率だろう。確実に毎回着陸できるかが一番に問われてくる。
さらにその先にあるのが、サービスの充実化だ。例えば、月面の中でも地形が複雑な場所により正確に着陸できる能力を持てるかどうか。この業界では「ピンポイント着陸」という言葉で言われるが、大体、目的地から100メートルぐらいの範囲の精度で、狙った場所に着陸するという技術というものが求められてくる。
これから、月面で水探査などをしていくためには、南極の複雑な地形のところにも降りていく必要がある。そういうニーズが高いので、精度の高い着陸をいかに早く実現できるかも非常に大事になる。
もう1つが「夜を越える」こと。月の夜は日が陰ると、マイナス150度くらいになる。リチウムイオンの液体電池では凍って使えなくなってしまうので、これまでは夜を越えることができていない。
今はわれわれも昼間だけなので、2週間ぐらいしかミッションの期間がとれない。もし、夜を越えることができるようになれば、論理的には活動を継続してできるのでミッションを長くできる。こうした課題を技術的にいかにクリアしていくのかが非常に重要で、しっかり取り組んでいきたい。
(後編:「ispaceが宇宙事業挑戦で民間資金にこだわる訳」)