ビッグモーター不正が示した「内部通報」の威力

しかも、非上場企業では、社外取締役はオーナー経営者の一存で選任されます。選ばれるのは、たいてい経営者のお友達です。仮に社外取締役が経営者にとって不都合な内部情報を入手したとしても、お友達である経営者を厳しく諫める、場合によっては辞任を迫るというのは、まったく現実的ではありません。

最近は、上場企業でも「社外取締役はお飾りにすぎないのでは?」という疑念が強まっています(社外取締役が自ら語る「報酬と実効性」のバランス参照)。ましてや非上場企業で社外取締役にガバナンスの中心的な役割を期待するのは、的外れとしか言いようがありません。

内部通報制度の改善を

ガバナンスの「伝家の宝刀」とされる社外取締役が役に立たないとすれば、もはや処置なしでしょうか。そうとは限りません。従業員の内部通報が、ガバナンスに大きく貢献すると期待されます。

ビッグモーターの保険金不正請求では、2021年秋に従業員から損害保険の業界団体に内部通報がありました。近年問題になっている他の不祥事も、多くが内部通報によって発覚しています。

当然ながら、経営者の問題を正すには、社内の情報が必要です。社内の情報を持たない社外取締役よりも、社内事情を精通した従業員のほうが、はるかにガバナンスに有効な役割を果たせるはずです。

ただし、内部通報にも課題があります。大半の非上場企業では、内部通報の社内体制が整備されていませんし、経営者が不都合な内部通報をもみ消そうとします。“裏切り”をした告発者を探し出し、閑職に追いやるといった報復行為が横行しています。

ビッグモーターでは、2021年秋の内部通報を受けて、2022年夏に損保会社から自主調査の依頼がありました。調査の結果、経営陣は「連携不足やミスが原因で、組織的な不祥事ではない」と処置しました。その後、兼重前社長にも不正の告発がありましたが、会社側はもみ消しました。ようやく2023年1月、マスコミ報道を受けて第三者による特別調査委員会を設置しました。

こうした経緯を受けて消費者庁は8月3日、ビッグモーターに対し公益通報者保護法に基づく報告を求めました。2022年6月に改正された同法では、従業員300人以上の企業は内部の公益通報体制を構築することなどが義務付けられていますが、ビッグモーターでは未整備でした。

国は「公益通報者保護制度相談ダイヤル」を設置するなど、この問題への対応を強化しています。ただ、通報の対象となる法令違反の範囲が狭い、取引先や1年以上前に退職した従業員は保護の対象外になっているなど、まだまだ通報者の保護よりも企業側への配慮のほうが濃厚です。

アメリカでは罰金の一部を通報者に還元

アメリカでは、不祥事などで企業に課せられた罰金の10~30%を通報者(ホイッスルブロワー)に報奨金として支払う制度があるなど、内部通報を奨励しています。わが国でそこまでやるべきかは議論が分かれるところですが、企業の告発者探しへの厳罰化などを含めて一層の改革が必要であることは間違いないでしょう。

今回の一連の事件は、ビッグモーターというブラック企業で起こった特殊な出来事でしょうか。そうではなく、非上場企業ならどこでも起こりうることです。筆者が知る範囲でも、「小さなビッグモーター」「少しマイルドなビッグモーター」がたくさんあります。

ガバナンスというと「堅苦しい」、内部通報というと「密告の横行で組織風土が荒む」といった経営者の反発があります。しかし、適正なガバナンスによって経営者が襟を正して良い経営をすれば、企業が発展し、最終的に経営者にとってプラスになるはずです。

今回のビッグモーターの事件をきっかけに、非上場企業のガバナンスという問題に政府も経済界もしっかり取り組み、日本企業が健全に発展することを期待しましょう。