人気マンガ「チェンソーマン」で考えるアベノミクス

コラムの筆者は「『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』(昨今人気のアニメ)との共通点でもある」とし、このような人生の中で「何を欲望としうるのか」という「殺伐としたリアリティー」を見出している。前述した「さとり世代」と同様に、このような殺伐とした感覚が「チェンソーマン世代」の特徴なのかもしれない。

「チェンソーマン」の作者である藤本タツキ氏は1992年10月生まれの30歳である。インターネットにある情報によると、秋田県に生まれ、東北芸術工科大学美術科洋画コースを卒業し、就職せずに漫画家になったという。大学を卒業した正確な年は不明だが、生まれ年から考えると、卒業した年は2014年頃だろうか。ちょうどアベノミクスで雇用環境の好転が鮮明になったタイミングである。

「チェンソーマン世代」である藤本氏は、1980年代後半から1990年中ごろの不景気な時代に生まれ育った「さとり世代」と重なる面もあるが、「さとり世代」が終わりかけの1つ下の世代と言えよう。「さとり世代」と「チェンソーマン世代」に違い(コーホート)があるとすれば、それは何で、どのように生まれたのだろうか。

「チェンソーマン世代」はアベノミクスの影響が濃い

ここで、筆者は先日とあるメディア関係者から「アベノミクス後に就職した社員はアベノミクスに肯定的な人が多い」という話を聞いたことを思い出した。そこで筆者は、生まれてから就職(大学生の新卒入社想定)するまでの期間をそれぞれの世代が影響を受ける期間として簡便的に比較した。

すなわち、「さとり世代」が外部環境から影響を受けた期間を、さとり世代が生まれた1990年から、最短で大卒となる2012年までとし、「チェンソーマン世代」を藤本氏が生まれた1992年から最短で大卒となる2014年までとして比較した。その結果は非常に興味深い。

両世代の違いを、株価の推移で比較すると意外にも差があることがわかる。「さとり世代」が過ごした1990~2012年の日経平均の騰落率(各年の12月末値で比較)は約56%減(年率約3.7%減)と、アニマルスピリッツを失うのには申し分のない低パフォーマンスである。

他方、「チェンソーマン世代」が過ごした1992年から2014年は、「さとり世代」とわずかな違いだが、それでも日経平均の騰落率は約3.1%増(年率約0.1%増)と、決してよくはないがプラスである。両者が生まれた時期は、日本経済がバブル崩壊によって急下降していたタイミングであり、スタート地点の株価の違いもある。しかし、次のように、アベノミクスを含むか否かという違いが大きいことも見逃せない。

前述したように、各世代を特徴づける要因として就職活動は重要だと考えられる。そこで、改めて大卒者内定率を確認すると、大卒者内定率は2010年を底に上向き始め、アベノミクス以降(2013年以降)は2018年まで上昇が続いていた。たった数年の違いだが「さとり世代」と「チェンソーマン世代」では、就職活動でアベノミクスの影響を受けたか否かという差が違いをもたらしている可能性がある。

それなのになぜ「チェンソーマン」は暗いのか

なぜ、アベノミクスの恩恵を受けたであろう「チェンソーマン世代」の藤本氏は、「さとり世代」よりも厳しい環境といえる「最貧困」の主人公デンジを描いたのか? 「夢は普通の生活」で、「希望を最初から持ちえない」というイメージは、アベノミクスの「陽」の部分とは異なる気がする。

作者の藤本氏は大学卒業後すぐに漫画家になったようで、就職活動はしていない可能性がある。そもそもアベノミクスの恩恵はなかったのかもしれない。

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