米国のエリートが「コーヒーよりお茶」を選ぶ根拠

日本でも、利休はじめ安土桃山時代の商人たちは、教養や品位を身につけるために茶の湯を学んだといいます。同じように、英国のビジネスパーソンたちも、階級の高い貴族を相手に交渉のテーブルにつけるよう、コーヒーハウスで貴族趣味のお茶を嗜み、知識やマナーを身につけ、品性を磨いていったのです。

そこから、ビジネスをするうえで、ルールを遵守し、良識ある行動秩序というものが求められるようになっていきました。エチケットは、まさにビジネスパーソンとして信頼を得るための「チケット」になっていったわけです。

コーヒーハウスはのちに、世界経済の中核を担うロンドン証券取引所へと発展しました。今もなお、日本のエリートと呼ばれるビジネスパーソンたちが、教養として茶道を嗜むように、イギリスのエグゼクティブ層は、アフタヌーンティーを嗜み、カルチャーを身につけます。

茶道とアフタヌーンティー。どちらにも共通しているのは、茶を学ぶことで、自国の文化、歴史、芸術に触れると同時に、己の品性を磨き高め、奥深い教養を備える、いわば人格形成につながるという点です。

ニューノーマル時代の「大人の趣味」  

「アートは美術館の中だけにあるものではなく、普段の生活の中にこそ見いだすもの」

そのような考えが、ヨーロッパの人々の根底に存在します。

人生を愉しみ尽くすのがアートの本質の1つだとすれば、日々の中で愛(いつ)くしむ「大人の趣味」として、アフタヌーンティーは年齢や性別を超えて広く親しまれるアートの条件を満たしているのです。日本の茶道に置き換えてみると、イメージしやすいかもしれません。

総合芸術である「日本の茶道」と生活芸術である「英国のアフタヌーンティー」。一見対極にあるように見えるこの2つですが、実は非常によく似ています。それもそのはず、イギリスのアフタヌーンティーは日本の「茶」や神秘的な儀式である「茶の湯」への憧憬からはじまったもので、いわば「英国流の茶道」だからです。

暮らしのアートは、生活にリズムを、そして心に潤いを与えてくれます。まずは日常が変わります。はじめは小さな興味でも、茶葉、道具、器へと次第に視野が広がります。それぞれが奥深い分野であり、学びを深めるごとに知的好奇心が満たされ、いくつになっても成長を感じることができます。

私自身、紅茶をライフワークにしたいと学びはじめてから、すでに30年以上経ちます。趣味でも仕事でもありますが、興味はとどまるところを知らず、いまだに新しい知識との出会いがあったり、知らない世界を開拓したりと新鮮な発見の連続です。日常だけではなく、非日常のシーンにも変化があります。

紅茶は世界共通のコミュニケーションツール

その1つが、旅行です。

日本でも海外でも、出かけた先で目に映る情報の量が断然変わります。興味がないとまったく目に入らないものが次々と見えてくるようになり、あれも見てみたい、これも見てみたい!とテーマが広がることで、旅の質も変わります。

『仕事と人生に効く教養としての紅茶』(PHP研究所)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

陶磁器に興味を持ちはじめ、ドイツの工房を訪ねて職人さんと話をしているうちに、絵付け留学をすることになった女性。アンティークに目覚め、イギリス中のフェアをまわっているうちに、これを第2の人生にしようと、小さなアンティークショップをはじめたご夫婦。趣味の域では収まらず、人生を変えるきっかけと出会うこともあります。

紅茶は世界共通のコミュニケーションツールでもあるので、茶の輪を広げることもできます。趣味を通して出会う仲間は、仕事の仲間とは、ひと味もふた味も違います。新しい価値観や気づきを得ることは、刺激にもなり視野も広がります。また、趣味からセカンドキャリアの芽が出たり、リタイア後の充実したライフワークになることも考えられます。

一杯のお茶がもたらしてくれる大人の趣味は、人生を彩るエッセンスになります。日本茶に触れることで日本人としての美意識を磨き、紅茶に触れることで国際人としての感性を養うことができれば、人生はより愉しく豊かなものになるでしょう。