私が以前、住んでいたサンフランシスコでは、「根拠のない楽観は素晴らしいもの」という考えがなかば常識になっている。それは困難に立ち向かい、否定的な意見を無視し、逆境に負けないための心の支えになると見なされている。
また、「起業などの難しいことに挑戦するときには、妄信的な自信が必要だ」という考えも広く信じられている。この街では誰もが(ウーバーのドライバーまでも)10億ドル規模のIT企業のアイデアを心のなかで温めている。
起業家を対象としたある調査で、回答者の大半が、自社が成功する確率を7割以上と見積もり、3分の1が10割と断言しているのも不思議ではない。
実際には、起業の成功率は1割程度でしかない。こうした過信を正当化するために、人は実際の確率を軽視し、「努力しだいで必ず成功できる」と自分に言い聞かせる。
意外にも、「自分の会社は失敗するのではないか」と予想していた起業家は少なくない。ジェフ・ベゾスはアマゾンが成功する確率を約3割と見積もっていたし、イーロン・マスクは「テスラ」と「スペースX」が成功する確率をわずか1割と見ていた。
ベゾスやマスクはなぜそのように考えたのだろうか。どうやらカギは、成功の確率を冷静な目で見ることにあるようだ。
イーロン・マスクは、宇宙飛行会社を設立すると決意したとき、友人たちから頭がおかしくなったと思われた。マスクは、自身が手がけた2番目の事業である「ペイパル」の売却によって手に入れたたばかりの1億8000万ドルの多くを、後の「スペースX」となる会社に投じようとしていた。
「きっと失敗する。せっかくペイパルを売って稼いだ金が、ごっそり消えてしまうぞ」と周囲は忠告した。マスクは友人たちにこう答えている。
「ああ、僕もそう思う。おそらく失敗するだろうね」
実際、マスクはスペースXの宇宙船が宇宙飛行を成功させる確率を、1割程度と見積もっていた。2年後、マスクはペイパルを売却して得た残りの資金を、電気自動車会社の「テスラ」に投じると決めた。マスクはこのときも、成功の確率は1割程度と見積もっていた。
本人が自身のプロジェクトが成功する確率を低く見積もっていることに、周囲は首をかしげた。2014年にテレビ番組の『60ミニッツ』に出演した際にも、そのロジックを理解しようとするインタビュアーのスコット・ペリーから、次のように尋ねられている。
ペリー 「成功しないと見込んでいたのに、なぜ挑戦したんです?」
マスク 「挑戦するだけの価値があるのなら、やってみるべきだと判断したからですよ」
人は「誰かがなにかに挑むのは、成功する可能性が高いから」と考える。