雨宮塔子が見た「フランスのいじめ対策」の本気度

フランスが「いじめ」問題に切り込み、対策に本気を出しているようです(写真:Khaligo/PIXTA)

私が日本での3年弱に及ぶ帯のニュース番組の仕事を終えて、再びフランスに居を戻したのは2019年の夏のことです。

雨宮塔子氏による連載第2回です。この連載の一覧はこちら

その年の秋に、日本でいう中学3年生になったばかりの息子の通う公立中学校を面談で訪れて、驚いたことがありました。

玄関ホールに、学校の創設者の肖像や理念が掲げられているのはわかるのですが、その隣に少なくない数の、いじめ防止を題材にしたポスターが貼られていたのです。

実写の、かなり踏み込んだシーンを描いたポスターに、この数年の間にフランスは「いじめ」という、それまではタブー視されてきた問題に切り込もうとしていると感じました。

学校をあげていじめ防止の啓蒙

さらにその後、息子の高校進学を控えて、高校選びのためにサイトで情報を読みあさっていたとき、ある私立高校のウェブサイトにあった動画に心が揺さぶられました。在校生2人が、転校してきたある男子生徒がいじめを苦に自殺するまでの経緯を、2人で交互に語っていくのです。

5分ちょっとのショートムービーですが、語りと映像のリアルさに、それは2人が制作したフィクションだと気がつくまでかなりの時間を要しました。

学校をあげていじめ防止の啓蒙をしようとしている……。それは私が今まで見たことのなかったマニフェストでした。

フランスの教育省付調査局「DEPP」は2015年に、学校環境といじめ被害者の調査を行いました。それによると、児童生徒全体の10%近く、つまり70万人もの生徒が学校教育期間にいじめの被害に遭っているそうです。この数値はこの10年間でほとんど変動していないという調査結果に、当時衝撃を受けたことを覚えています。

これだけの被害者を毎年出し続けているから、フランスはいじめ問題を無視していると当時は糾弾されたのでしょうか。

例えばスカンディナビア諸国は10年以上にわたっていじめ問題への社会の意識を高め、いじめ予防のプログラムが作られてきたことによって、いじめを事実上根絶してきたと言われているのに対し、フランスはいじめ問題への対策に、それらの国々やカナダ、イギリスなどに比べてかなり遅れをとっていたのです。

というのはフランスの学校教育は学生たちの学校生活における幸福度より、知識の伝達をつねに優先してきました。また、前述したようにいじめ問題はタブーとされてきた風潮があり、実際に先生方がいじめに気がついても見て見ぬふりをするといった教職員や学校関係者の関与の欠如が、被害者の証言から明らかになっていたのです。

多民族国家ゆえ、いじめが人種や宗教的相違からくることもあり、ある意味日本よりも原因の根が深いこともあるかもしれません。ですが、それでもかつてある被害者の両親が学校に相談した際、学校側の及び腰の姿勢に、告訴もやむをえないと言うと、主任教諭からそのいじめ問題が学校名と関連付かないようにしてほしいと頼まれたという証言に愕然としました。こういった問題を隠蔽したがる風潮、体質の深刻さには言葉がありませんでした。

手をこまねいていたわけではない

もちろん、フランス政府はいじめ問題に何の手だても講じてこなかったわけではないのです。2011年の実態調査でいじめによる被害が明らかになったことで、2013年には学校での対処の仕方が国家の対策として規定されました。

その文書にはいじめが疑われる状況を6種類に想定し、それぞれの場合での初動対応の仕方や被害者、加害者の保護者との面談要領(被害者の保護者には学校の対応と児童保護の具対策を伝え、加害者の保護者には状況と懲罰内容を伝え、問題を修復する方法をともに考える)、また目撃者の保護者とも場合によっては面談することなどが明示してあります。