こうして、さまざまなわかりやすい表現を発想し、誰が見ても驚嘆する施設映像を企画書に落とし込みました。
「いいぞ、これを上回る企画はないだろう。勝った」と私は確信しました。
意気揚々とプレゼン当日を迎え、20人を前に企画を披露し始めました。ところが、プレゼンが進行するにつれ、参加者が集中していないことに気がつきました。肘をついたり、伸びをする者まで現れました。「おかしい、こんなはずでは」と思いました。
そうして不安なままプレゼン終了。最初に出た質問は、
「この施設を訪れるのは業界の人です。みなさん、基礎知識があります。初心者向けの説明は必要ありません」
「でも、地元住民や学生の社会見学もあるというお話しでしたよね?」
「それには、すでに制作した映像があります」
「……」
全身から冷や汗が流れました。完敗です。
敗因は、すべて私にあります。十分に「相手」を調べずに、自分が思いついたアイデアに夢中になり、どんどん間違った方向へ進んでしまったのです。気づかないうちに、相手が消えていたのです。
つまり、私のアイデアは「アイデア」ではなく、「思いつき」にすぎなかったのです。
コミュニケーションには、大きく分けて2つのタイプがあると私は思っています。
それは、「説得型」と「納得型」です。説得と納得は似た言葉ですが、まったく違います。この2つの違いは何でしょうか?
それは、主語です。「説得」は「私」が説得する。「納得」は「相手」が納得する。主語の違いは主軸の違いです。説得は私が主軸であり、納得は相手が主軸です。
この2つのタイプは、そのままアイデアの発想にも適用されます。
「説得型発想」と「納得型発想」です。
「説得型発想」は、自分が生み出したアイデアで相手を説き伏せようとします。主軸は自分の側にあり、本人も意識しないうちに自己主張の強いアイデアになってしまいます。
芸術であれば、自己主張・自己表現は大切でしょうが、ビジネスは個人の発表の場ではありません。「自己」はできるだけ表に出ないことが求められます。発想した個人の主張や表現よりも、アイデアそのものが命です。
その点で、「説得型発想」は、自己満足アイデア、ひとりよがりなアイデアに陥る危険があります。本人も意図せずに、思い込みや個人の趣味が投影されてしまうのです。
実は、「採用されないアイデア」のほとんどが、この「説得型」なのです。
あなたのアイデアが採用されなかったのは、実はこの「説得型」で発想していたからだったのです。
一方、「納得型発想」はどうでしょうか。
相手が「納得」するように発想するのですから、主軸は相手です。相手が中心です。相手が「そうそう、これが欲しかった」と喜ぶようなアイデアが求められます。
納得型発想において、発想する自己は消滅します。自分の趣味や主張は関係なくなります。相手が納得すること、それがすべてです。
相手の望むところにしっかりとボールを投げさえすれば、相手はそのアイデアを採用します。つまり、「採用されるアイデア」とは、納得型発想から生まれたアイデアなのです。
では、この「納得型発想」を生み出すにはどうすればいいでしょうか?
それは、「徹底的に相手を知り尽くすこと」です。
今回、相手が望んでいることは何か? 相手が目指している未来像は? 相手の傾向は? 相手の好みは?
こうした相手にまつわる情報が、まるで自分のことのようにわかる状態にならなければ、相手を納得させるアイデアは生まれて来ません。
つまり、採用されるアイデアを生む第一歩は、「相手になり切ること」です。私はこれを「ナリキリ」と呼んでいます。