愛嬌のある社長のいたずらのせいで、他の社員には本当に戻ってきたとは思われなかったそうだ。社長と加藤さんの関係性が垣間見えるエピソードだが、出戻り入社に対して「少し恥ずかしい気持ちもあった」加藤さんの気持ちを軽くしたのも事実だった。
とはいえ、出戻り入社したところで、退職時に感じていた「焦り」が消えるわけではない。しかし、加藤さんの場合は複数の出来事が重なったことで、心境に変化が生じたそうだ。
まず1つ目は、コロナ禍となり、リモートワークが推進されたことだ。
「ジオコードに戻った翌月からコロナが流行し始め、働き方がガラッと変わりました。それまでは対面主義だったのがガラリと変わって、いきなりリモートワークがOKになって、電車の混雑を避けるために時差出勤の制度もできたんです。
以前は拘束されている時間が多く、スケジュールの自由度が低くて、『もっとこうだったら広報として動きやすいのに』と思うことが多かったけど、働く環境が激変したことにより、自分のペースで仕事がしやすくなりました」
また、2~3年はないと思っていた上場が想定より早く訪れた幸運もあった。
「これはほんとにラッキーだったんですけど、出戻った後に会社が上場することになったんです。広報としてやったことがない業務にも関わることになって、仕事の幅が本当に広がりました。大きな成長につながったと思いましたし、なにより、自分の自信になりました。広報仲間からも、『上場は自分のキャリアにとって大きな経験になる』という話をよく聞いていたのですが、まさにそれを体験することができました」
加藤さんは現在40歳になった。話しぶりを見ていると、数年前まで抱えていた焦燥感はなくなっているように見える。
「今はそうですね……市場価値のことはあまり考えないようになりました。以前は、活躍してる他社の人と自分を比較して焦りを感じることも多かったけど、一度、転職を経験したことによって、『自分の経験やスキルって、思っていたよりも重宝されるんだな』と実感できましたし、転職活動における戦い方も見えたというか。今は変な話、社長に『クビだ』って言われても困らないくらいには自信を持つことができていると思います」
そんなことを話しながらも、会社に対する想いは、以前よりも深まったように感じられる。
「実際に『クビだ』と言われたら『嫌です』って即答すると思います。会社への愛着もあるけど、それ以上に『まだまだ会社として成長していけるだろう、もっともっと上を目指せるだろう』という期待があるんです。だから、社長が辞めるか、会社が買収されるかまでは自分は居続けると思います」
「終身雇用」の時代から、転職があたり前の時代に変わりつつある。加えて、従来の「メンバーシップ型雇用」から専門性が重視される「ジョブ型雇用」が注目を集めている。そのような変化を肌で感じ、”長く同じ会社に勤めること”に疑問を感じたり、違う仕事へチャレンジすることに対して年齢的な焦りを感じる人も多いのではないだろうか。
実際に、筆者は「新卒で入った会社に数年間在籍しているが、もう少し外の世界も見てみたい。結婚も考えているので、今動くべきか悩ましいし転職できるか自信がない」「同じ会社にいるので、給与は上がり続けているが、自分のスキルが他社で通用するかわからなくて不安。市場価値が知りたい」「新卒入社した同期が転職してすごく楽しそうだ。他社の仕事のやり方を聞いて、このままでいいか焦りはじめてきた」といった相談を受けることも多い。
しかし、出戻り転職の話を聞くなかで感じるのは、「市場価値やスキルも大切だが、仕事を通して培われた深い信頼関係も同じくらい重要な資産だ」ということだ。世情や個人の価値観が大きく揺れ動く時代に生きる中で、この”途切れない関係性”はますます貴重なものになっていくだろう。
社会の変化とともに、会社と個人の関係性がどのように変化していくのか。
今後も多くの人に取材をして、そこにあるひとりひとりの大切なエピソードから、リアルな関係性を知っていきたい。