先日登壇した業界向けのウェビナーで、同席したある大手企業の広告担当者が実際にこう言った。「デジタルをまず考えてテレビでどう補完するかを考えます」。私は衝撃を受けたが、もちろんその担当者が特に先見性がある方だからだ。だが遅かれ早かれみんなそうなるということだろう。広告メディアとしてのテレビは、ネットの補完物になったのだ。
電通発表の日本の広告費では2018年からインターネット広告費の中に「マスコミ4媒体由来のデジタル広告費」という項目を設けた。新聞や雑誌のデジタル版、ラジオのradiko、テレビで言えばTVerのような番組の見逃し配信。こうしたマスメディアが作ったネットメディアの広告売り上げを集計している。
2021年版「マスコミ4媒体由来のデジタル広告費」では、新聞213億円、雑誌580億円、ラジオ14億円、テレビ254億円だ。一番金額が大きいのが雑誌であることに注目してほしい。ちなみに紙媒体としての雑誌広告費は1224億円、つまり紙:デジタル=2:1(1224億円:580億円)になっている。
メディア企業でもDXが叫ばれている。実は雑誌業界はもっともDXに成功しているメディアなのだ。ヨイショするわけではないが、東洋経済オンラインは先行事例の一つだと言っていい。他の雑誌メディアも紙の雑誌のブランド力をうまく活かしてデジタル版を成功させつつある。
なぜ雑誌だけうまくいっているのか。そこにマスメディアとインターネットの本質の違いがある。雑誌は元々セグメントメディアだったからだ。
インターネットでのメディアが成立するには、セグメント性がカギになる。特定のジャンル、特定の興味範囲を明示すると、そのカテゴリーに興味がある人が集まってくる。ネットは同じ興味の者同士が自然と引きつけ合う傾向があり、うまくいけばコミュニティを形成する。広告メディアとして「うちにはこんな人たちが集まっています」と企業にアピールしやすいのだ。ネット広告はターゲティングできるからいい、とよく言うが、メディアそのものがターゲティングできていればアピール力は高い。さらには、コミュニティに対しさまざまな有料サービスを提供して多様なマネタイズも見えてくる。雑誌は紙の時代からインターネット的なメディアだったと言える。
東洋経済オンラインは「経済」というカテゴリーで先んじて成功した。週刊文春デジタルは「スキャンダル」のカテゴリー化で読者を獲得する。ほかの雑誌も「〇〇」を明確にすることでデジタル版の道筋が見え始めた。それが先述の「マスコミ4媒体由来のデジタル広告費」に表れている。ここ数年、徐々にさまざまな出版社がそこに気づいた結果が「紙:デジタル=2:1」となった。
ではほかのマスメディアはどうだろう。radikoはいち早く危機が訪れたラジオ業界が力を合わせて2010年に株式会社として設立された。まだまだだが、若者の間では無料で音楽が聴けると親しまれ始めている。彼らの多くはラジオという機械は知らないし、関係ない。道筋はもう決まっていると言っていい。
テレビは出口が見えない。見逃し配信の受け皿としてTVerは2015年には立ち上がっていた。だが各局が本腰を入れる気があるのかはっきりしなかった。2020年になってようやくキー局が合計70億円の出資をして本腰を入れる姿勢を示した。だが遅すぎに思える。
TVerはドラマの見逃し配信が中心になってここまで来た。最近は人気のドラマが登場するたびに過去最高の再生数と報道されるが、あまりにもドラマ中心になってしまったように見える。つまり「ドラマ好きの若い女性」というセグメントメディアになっているのだ。そんな中、キー局の同時配信がようやくTVerでスタートする。昨年秋に日本テレビが開始し、キー局が年内には揃うと言われていたが、システム改良に時間がかかったらしく、4月初旬に揃うようだ。だが各局ともプライムタイムのみで常時ではない。本来は常時同時配信を実現させ、見逃し配信もすべての番組で行うべきだ。