佐渡島:僕が齋藤さんの著書で一番印象に残ったのは、大島征夫さんとの関係性でした。「後進の有名CMクリエイターたちを育てた人」である大島さんが定年を迎え、消費されようとしていたことに対して、齋藤さんは「No」を言いたくて起業したんだなと。今の齋藤さんが消費される広告を作り続けることに疑問を抱いて、企業の中の消費されない部分に携わろうとしているのと似たものを感じました。人は何かの役に立つことで幸せを感じるし、社会と接続している感覚があるから、すごい才能を目の前にした時に「この才能が世の中で生かされないのはもったいない」と思う。そんな動物的な感覚があったのかなと感じて、面白かったです。そこに齋藤さんの人柄が表れているとも思いました。
齋藤:「この人はもっと世の中の役に立てるはずだ」という感覚は確実にありましたね。佐渡島さんも作家さんに対して、そういう気持ちが湧き起こることはありますか?
佐渡島:世の中のため、作家のためというよりは、作家の心と僕の心の中で起きた変化が、再現性のあるものなのかを知りたい感覚に近いかもしれません。作家の心が自身の創作によって変わって、それによって僕の心も変わる。これだけ心が影響を受けたということは、たくさんの人の心にもいい影響が与えられるかもしれない。だからたくさん売りたいと思う。そういう順番で、マーケティングを頑張る感じです。
齋藤:面白い商売ですね。前職の講談社で佐渡島さんみたいなことを考えている人はいるものですか?
佐渡島:ヒットを出したい人が多いような気がしますね。僕は入社当時からヒットへの意欲はあまりなくて。ただ、漫画家の井上雄彦さんをきっかけに興味を持つようにはなりました。井上さんはすごく深いことを考えていて、そこに妥協はしないんだけど、みんなに伝えるためのわかりやすくて面白い表現の仕方についても同じかそれ以上の時間を費やしていて。その様子を見て、僕自身もそういう努力をしてみると面白いかなと思ったんです。
今ももちろん社員がヒットを出せばうれしいし、数字が見える楽しさもあります。だから売り上げを追うこと自体は大賛成だけど、僕自身の時間の使い方としては「創作や表現によって人の思考がどう深まるのか」の部分をよりサポートすることに使いたい。売るほうの努力は会社が存続できる程度でいいかなと思っています。
(構成:天野夏海)