行動を変えることに対する心の抵抗は、とても強力です。一見してよさそうな解決策を提示されても、それを実行するにはそれなりの(金銭的、精神的、時間的な)コストがかかります。相手の「現状維持したい」という気持ちを突破できるだけの費用対効果を訴求するのは、そう簡単なことではありません。
現状維持にこだわる人へ働きかけるときに、多くの人が選びがちなアプローチは、「よい解決策をプッシュする」というものです。例えば、あるダイエット方法を知人に勧めるとき、「有名な医師が太鼓判を押しているよ」と権威を持ち出したり、「お金もかからないし、忙しくてもできるよ」と利点を強調したりするかもしれません。
このとき、人は無意識のうちに自らの結論の「正しさ」を相手に納得させようとしてしまいます。しかし、これには注意が必要です。正しさを相手と競うモードになると、次の3つの落とし穴にはまりやすくなるからです。
1つめの落とし穴は、「相手の抵抗を誘発してしまう」ことです。
「正しい」の反対は「間違っている」。意見が異なる相手を説得しようとして自分の正しさを伝えることは、裏を返すと「相手が間違っている」というメッセージになりかねません。すると、その提案を受けることは、相手にとって「自らの間違いを認める」ことになります。当然ながら人は自分が間違っていると認めることには抵抗があるので、なんだかんだと理由をつけて保留をしたり、はぐらかしたりするのです。
2つめの落とし穴は、「隙のない準備が議論を殺してしまう」ことです。
初歩的なロジックの不備やリサーチ不足はよいことではありませんが、反論や突っ込みを恐れるあまり準備が過剰になると、情報が膨らみ、本質的なポイントが隠れてしまいます。かえって言いたいことが伝わりにくくなるのです。また、相手からの疑問や反論をなるべく受けつけないように進めると、コミュニケーションが一方向になり、相手の発言機会も失われてしまいます。
3つめの落とし穴は、正しさで勝てないほうの心が折れてしまうことです。
人は、相手を「正しさ」で上回るのが難しいとき、とりあえず考えるのをやめて従う方向に流れがちです。心が折れて思考停止するのです。上司を説得しようとしたら逆に論破された部下が、「あの人には何を言っても無駄だ」と思い込むのがよい例です。そうなると、組織の風通しは悪くなり、部下に気持ちよく動いてもらうことからかけ離れてしまうでしょう。
正しさを競う世界では、疑問や反論を「よくないもの」と捉えがちです。もちろん、意に沿わない突っ込みが入ることを避けたいと思うのは自然な感情です。でも、疑問や反論は結論の質を高めてくれるものともいえます。
例えば、仕事を納期通りに出さない部下に対して、上司が「小さな約束を守らないやつはダメだ」と叱っても行動が改善されないとき、部下の言い分(反論)にあえて耳を傾けてみると、納期に対する部下と上司の認識がずれていたことがわかるかもしれません。部下から「納期に遅れている感覚はなかった」という発言が出てきたとき、それを単なる言い訳(正しくない行為)と決めつけるのではなく、裏にある背景を理解することが大事です。