しかし、未経験でジョブチェンジできる求人の給与水準は、和宏さんが想像していた以上に低い現実があった。Webエンジニアの平均給与は600万円。ところが、営業の未経験求人を見ると、400万前後でのスタートがほとんどだ。「いい給料で働いていたんだな」と感じる日々だったが、そうやって冷静にA社のことを捉えたからだろうか、数カ月が経つ頃には、心境に変化が生じた。A社での、自身の行動に、ある種の後悔を覚え始めたのだ。
「なんでもかんでも仕事を引き受けすぎちゃっていたな、と思うようになったんです。もともと、周りに気を使いすぎる質なんですけど、『それで退職するなら意味ないよな。うまく断ることもできたんじゃないかな……』って」
ちなみに、和宏さんは4人兄弟の長男で、妹が3人だと言う。
「一番下の妹とは10歳以上離れていて、親は共働きだったから、自分が家事をする日も多くて……部活なども入らずに家庭の手伝いをしていました。自分で抱え込みすぎるのは、社会人になって始まったことでもないんですよね」
その後、1カ月の転職活動をしたのち、和宏さんは老舗出版社B社への転職を成功させる。職種は今まで通りエンジニアで、担当はサイトの開発や保守。前職より年収がプラス100万と、条件面も良かった。
その頃には心身の疲れも取れていたこともあり、気持ちを新たに働きはじめた和宏さんだったが、程なくして、さまざまなギャップを感じることになる。
「リモートワーク勤務だったんですけど、わからないことは電話で話す文化だったんです。1日5回以上は電話がきていました。そのたびに作業を止めないといけなくて。前の会社ではチャットでコミュニケーションをとっていたので、なかなかその環境に慣れませんでした。
また、時間管理が厳しいのも合いませんでした。どんな細かいことでも、逐一かかった時間を記録して報告しないといけなかったり、業務開始の打刻が始業時刻から1秒でも遅れちゃいけなかったり……前職では、始業開始はツイッターの専用アカウントで呟けばいいというゆるさだったので、ギャップがありました」
前の会社は仕事量の多さにより『時間に追われていた』が、今は『時間に縛られている』……転職前は理想的に思えた会社だったが、いざ入ってみると、「隣の芝生は青かった」という。
前の会社と今の会社を比較する機会が増え、ストレスを感じるようになった和宏さんだったが、中には到底理解できないこともあった。
「エンジニアなのに、Core i3搭載の、スペックの低いPCを支給されたんです」
エンジニアは自分で使用するPCを選べる企業も増えていて、大きな画面のデュアルディスプレイが主流になっているため、和宏さんは冷遇されたとすら感じた。
しかし、フリーランス人事としてさまざまな会社を見てきた筆者としては、会社サイドには悪意はなかったと推測する。それどころか、きっとただ単純に、すぐに用意できるPCがそれだったのだろう。
数年おきにPCを買い替えるのは、会社にとって決して軽い負担ではない。だからこそ、一括購入やリース契約する際に、エンジニアやデザイナーが使うには若干心もとないスペックの機種が一定割合で紛れ込むのだが、貸与する側にその感覚がないことも少なくないのだ。和宏さんの場合も、会社側は持ち運びのしやすさを評価したり、急な出勤などが発生した場合の利便性もあると思っていた可能性すらある。
とは言え、今の時代にCore i3というのはなかなか珍しい話だとは思うが……。
こうして、大小さまざまな不満を募らせていった和宏さんだったが、ある日、A社時代の同僚からこんなメッセージが届くことになる。
『最近どう? 体調は良くなった? 最近また人手が足りなくてさ……。部長と話していて、和宏の名前もよく出るんだよね。どう、そろそろ戻ってこない?』