グーグルアシスタントの開発にはさらにもうひとつ、スマートスピーカーという新機軸がからんでいた。ユーザーがグーグルとつねに会話するには、電話を持っていないときでも、どこにいるときでも、話しかけることができなければならない。そのため、アシスタントを組み込んだスピーカーが計画に追加された。その名はグーグルホームだった。
だがグーグルホームは、アシスタントプロジェクトの地雷になりかねなかった。ハードウェアは一般に、トップダウン型の計画で製造される。ある程度の数の製品を年末商戦に間に合うように製造するため、一定数の部品を特定の日付までに発注しなければならない。それ以降は、そのハードウェアに対してたくさんのアイデアを入れる余地はほとんどない。だからハードウェア事業は通常、トップダウンになるわけだ。
しかし、ホームはほかのハードウェア製品とは違った。単にアシスタントを提供するための機器にすぎなかったのだ。スピーカーの品質は重要だが、実際の魅力はその内部の音声にある。音声こそが世界の情報を調べて、知りたいことを知りたいときに正確に伝えるものだ。そのためホームチームは厳密な計画を立てて、アシスタントチームのほかのメンバーにそれを守らせるようなトップダウンのやり方ができなかった。ホームチームもコラボレーションの一員となる必要があったのだ。
元モトローラ社長だった、グーグルのハードウェア担当上級副社長リック・オスターローにとって、グーグルでの仕事はまったく異なるものだ。ほかのグループのメンバーが指揮系統を無視して直接彼に電子メールを送ってくることはしょっちゅうだという。
「わざわざ時間をとって、製品がよくなるようなアイデアを考えてくれるのはありがたい。グーグルにはアイデアがたっぷりあって、社員たちが考え出した数多くの興味深い技術や概念から、できる限り最高の製品をつくりだそうとしている」
2016年5月18日、ピチャイはグーグルホームを発表した。画面のない、手のひらサイズのスピーカーは一見どうということもない。しかしプロモーション映像では、グーグルホームが音楽を流し、フライト状況を更新し、外食の予約を変更し、テキストメッセージを送り、スペイン語を英語に翻訳し、荷物の配送状況を通知し、宇宙についての質問に答え、カレンダーの予定を読み上げ、空港への経路を検索し、「行ってきます」という声に反応して電灯を消す様子を映し出していた。
映像はいささか現実を先取りしすぎていたものの、グーグルホームは明確な方向性をもった実在の製品だった。それまでは主に画面への入力が必要だったこれらの行為が、虚空に向かって話しかけることで可能になる世界になるのだ。
仕事や日常生活のなかで音声コンピューターが人間に寄り添う世界を目指し、着実に進歩する人工知能を使って、グーグルは最初の一歩を踏み出した。音声コンピューターに話しかけることは、人間同士の会話と変わらず自然な行為になるだろう。それは検索の次のかたちであり、さらに多くの可能性を秘めている。
アシスタントプロジェクトは、紛れもなくグーグル的である。グーグルアシスタントは、数多くの製品グループ間のコラボレーションにより、人工知能によって支えられ、社内のコミュニケーションツールの支援のもとで開発された。それが結実して、グーグルが当分第一線にとどまっていられるような製品となったのだ。