そう聞いて、筆者は大いに納得した。LGBTQの人にとって、その部分はもちろん大きなアイデンティティであるとはいえ、それがすべてではない。それは、その人がもつたくさんの側面のひとつであるにすぎないのだ。
それに、現実の世の中では、出会ったときからその人がLGBTQと知っていたというより、しばらくしてから「そうだったんだ」となることのほうが圧倒的に多いものである。我々のスールーも、そのひとりだったというわけだ。
同作は、そこを実に上手に扱っている。公開前には「今度の映画ではスールーがゲイとして登場するらしい!」と大きく騒がれたにもかかわらず、いざ映画を見てみると、「えっ?これだけ?」という感じなのだ。
つまり、スールーという愛すべきキャラクターにとって、自身の性的指向はその程度のこと。ならばわざわざやらなくても良かったのではと思った人もいるかもしれない。だが、その小さなことが、すべての観客を、さりげない形で、もっとウエルカムするではないか。
このような例が、ハリウッドでこれから先、ますます見られるようになっていくことは間違いない。
最近、マーベルのトップであるケヴィン・ファイギは、現在製作中の『マイティ・ソー』シリーズ第4弾と、来月公開予定の『エターナルズ』にLGBTQのキャラクターが登場することを認めている。
かつて白人ストレート男性ばかりを主人公にしてきたマーベルは、近年、女性が主役の『キャプテン・マーベル』『ブラック・ウィドウ』、黒人キャストの『ブラック・パンサー』、アジア系キャストの『シャン・チー/テン・リングスの伝説』を公開し、いずれも成功させてきた。さまざまな背景の人間を主役に据えてきた彼らが、次にLGBTQのキャラクターを登場させるのは、当然の流れとも言える。
ファイギはまた、『ブラック・パンサー』が公開されたとき、自分みたいなヒーローが登場することに感激した黒人のファンが「白人はいつもこんなふうに感じてきたのかな」と投稿したのを見てはっとしたとも語っている。
白人ストレート男性である自分は、それを当然のことと受け止めてきたのだと、そのとき初めて気づいたというのだ。幸い、ファイギには状況を変えていくパワーがある。そのことを十分認識している彼は、今後、そのパワーをたっぷりと使っていくはずだ。
そして、多様化への意識が進むハリウッドには、同じことを考えている人が、ファイギ以外にもいる。今回のスーパーマン騒動は、まだ始まりにすぎない。そのうちきっと、いちいち騒がれることもなくなっていくことだろう。少なくとも、そう願いたいものだ。