顧客との接点が絶たれる中、山井氏は「顧客のオンラインエンゲージメントを上げることを最優先に取り組んだ」と話す。SNSで商品説明やテント設営のコツを紹介した動画を配信、1週間に10本ペースでコンテンツを作り込んだ。ECサイトにもチャットサービスを導入し、店舗での接客に近づけた。緊急事態宣言が発令されてからわずか2週間ほどで作り上げた。
「6月ごろからECでもテントや焚火台のオーダーが増え始めた。キャンプを始めようという人が多いんだ、という手ごたえはバシバシあった」(山井氏)。2020年のEC売上高は前年比3倍になった。
課題もある。テントや売れ筋のマグカップの製造が追いつかず、在庫切れが多いことだ。生産拠点を増やすことも検討する。
こうしたスピード感がある動きは社風なのだろうか。それとも山井氏のトップダウンなのか。
山井氏は、「(太)会長が社長だった90年代からトップダウンの組織体制が続いていた。上から下りてきたことは忠実に進めることはできるけれど、新しい発想が生まれにくい組織だとずっと感じていた」と言う。山井氏が2018年に執行役員に就いたとき、真っ先に始めたのがボトムアップの組織づくりだ。
まずは組織体制と人事評価制度を見直した。行動指針の実行度合いを評価に反映させる仕組みをつくった。もう1つ、年2回、部署を横断した社員総会を開いて各自が事業アイデアを発表し、フィードバックする場を設けた。少しずつではあるが、全員が1つ上の視座で仕事をすることができるようになった。
社員たちから出たアイデアが形になったのが今年7月、取引先などを招いて本社で開かれた3日間の大規模な展示会だ。キャンプフィールドにはスノーピークが手掛ける事業を紹介するブースが並び、建築家の隈研吾氏や小泉進次郎環境相などによるトークイベントも行われた。「本当にベーシックなことだが、成功体験を積み重ねることで、次のチャレンジがしやすくなるんだなと肌で感じた」(山井氏)。
山井氏は、ファッションデザイナーとしてのキャリアがあり、2012年に入社したスノーピークでもデザインの仕事を手掛けてきた。「経営者として自分はかなりのアウトサイダー」と語る。社長就任時には、SNSで「世襲人事」と批判された。腕などにタトゥーを入れていることについて激しいバッシングも受けた。「頭では気にしないようにしていたが、実際は相当なダメージがあった」。
社長交代について株主はどう受け止めたのだろう。「短期的な法人株主の中には、スノーピークは大丈夫なのか、という声はあったかもしれない。でも、IPOの年からお付き合いしている機関投資家の方からは、変わらず応援していきたいというポジティブな意見をいただいた」。
決算説明会が終わった後に行う、投資家との1対1のミーティングでも「今の会見は全然、山井社長らしくなかった。もっと個性を出したほうがいい」など、業績の進捗や来期の見通しといった”数字以外”のことで声がかかるという。
スノーピークが東証マザーズに上場したのは2014年。ESG投資といった観点が少しずつ浸透し始めた時期でもある。日本の株式市場でも企業と株主の関係性が変化していることがうかがえる。
今、スノーピークはキャンプ用品以外でもアパレルや飲食、企業向けへのアウトドアオフィスの提案など事業を拡大している。47都道府県でキャンプ場を運営する構想も打ち出している。5月の公募には約400件の自治体や事業者からの応募があった。一部はフランチャイズでの運営を計画する。