一方、第1回のチェックでいちばん成績がよかったのは水泳部だった。「泳ぎに眼のはたらきは関係ないと考えられがちですが、水泳はバランスが大事なスポーツです。つまり競技レベルが高い選手は視覚機能もよいと考えられます」と松島氏は解説する。
「眼を鍛える」と聞くと、多くの人は動体視力を鍛えることだと考えるのではないだろうか。アスリートも同様で、たとえば野球選手だとピッチャーが投げるボールが速く感じると不安になり、動体視力を鍛えようとしがちだ。しかし動体視力が最優先ではないと松島氏は言う。
「時速140km、150kmといったスピードになると眼で追っても間に合わないので、動体視力よりも瞬間的に状況・状態を認識する『瞬間視』の力のほうが重要になります。動体視力は眼球運動が基本となるためいわゆる『見るトレーニング』ですが、瞬間視は逆で視野を広くして、『ジッと見ないトレーニング』となります」(松島氏)
「広くぼやっと見る」ことを習慣化することが極めて重要だと松島氏は強調する。人間は不安なときには、対象をジッと見つめ、少しでもよく見ようと前のめりになる。その姿勢だと視野が狭まることでますます不安になり、体の動きも制限されてしまう。この状態に陥ったときだけ「広くぼやっと見る」ことを実践するのは難しい。習慣化できている人だけが、緊張しているときでも状況を広く俯瞰でき、新しい情報を取り込めることで不安から脱出できるのである。
メンタルの面でも、視野を広げたり、瞬間視を鍛えたりするトレーニングをすることで、スピードに対する不安を軽減し、姿勢や動作が安定するため、実際に打率がアップするなどの効果が見られるという。
瞬間視を鍛えるトレーニングとして有効なのが、眼科医の平松類氏が提唱する「ガボール・アイ」だ。
これは、ガボールパッチという縞模様を利用した視力回復法である。ガボールパッチは、ノーベル物理学者デニス・ガボールがホログラフィーを発明する際に考案した画像処理方法で作成される図形であり、視力回復のために作られたものではない。だがその後の研究で脳の視覚野に作用することがわかり、ガポールパッチを視力回復に応用する道が開けたのである。
松島氏は、ガボール・アイをメンタルビジョントレーニングに取り入れており、その効果をこう語っている。「『ガボール・アイ』のトレーニングによって、対象物を見すぎない、ぼやっと見えているものでも的確に判断できるという力が身につきます。これが特にスピードの速い、小さなボールを扱う競技に効果的であることから、私はガポール・アイを推奨しているのです」。
ここまで、
といったことを聞いてきた。
では、こうしたトレーニングは、ビジネスパーソンの業務にも役に立つのだろうか。
松島氏に、作業効率を上げたい、ミスを減らしたいと思うときに、どんなトレーニングがよいか聞いたところ、「それは集中力を高めるトレーニングではない」と意外な返事が返ってきた。
一般に人は集中しようと思うと、対象に近づいてジッと見つめようとする。だがアスリートにとって大切なのはジッと見る力ではなく、一歩引いて広く見る習慣が大切なのだ。ビジネスパーソンにとっては、細かいところに注目することも大事であるが、一歩引いて広く全体を見る力も大切なのである。
たとえば書類を細かく何度も見直しているのにミスがなくならないのであれば、書類から眼を遠ざけて、全体を見るようにすると、スムーズに眼球運動ができていれば流れの中で違和感を見つけることができるようになる。見ようと思って一点集中するほど見るべきところが見えなくなっているということも多い。眼には映っていてもでも脳が認識していないと見えたことにならないからだ