一般人が「天才のまね」しても成果出ない根本理由

アップルの成功はスティーブ・ジョブズひとりの功績ではありません(写真:ブルームバーグ)
人は必ずしも合理的に行動しないことが、行動科学や行動経済学などで解き明かされています。判断をゆがませる正体は「バイアス(思い込み)」です。バイアスは正しい意思決定の妨げになり、ビジネスの重要な局面でも、実際に多くの失敗が起きています。実はバイアスの罠に落ちるのは、本人の能力が低いからでも、注意散漫が原因でもありません。専門家をはじめ、非常に優秀な人たちであっても、同じようなパターンでこの罠に落ちているのです。
今回はスティーブ・ジョブズやウォーレン・バフェットといった天才たちをまねしても失敗する理由について、経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー出身で、現在はフランスのビジネススクールであるHEC経営大学院教授を務めるオリヴィエ・シボニー氏が解説します。
※本稿はオリヴィエ氏の新著『賢い人がなぜ決断を誤るのか?』から一部抜粋・再構成したものです。
前回:専門家ですら勘違い「アップルストア」成功の真実

ジョブズはヒーローだが、成功したのはアップル

人は本能的にストーリーから意味を創造しようとする。アップルをそれに当てはめた場合、信じられないほどの成功、転落からの見事な復活という、私たちが数百回聞いてきたストーリーは、主人公が大活躍する成功物語の構造とうまく一致する。

だが、1つ問題がある。このストーリーのヒーローはジョブズだが、成功したのはアップルだ。アップルは時価総額が世界最大の企業であり、その歴史において、ジョブズが決定的な役割を果たしたのは確かだが、アップルの6万人の社員(ジョブズが亡くなった2011年当時)の多くも、何らかの形で貢献したはずだ。

その証拠として、ジョブズが亡くなった後もアップルは好業績を続けている。アップルが起こした奇跡の「創造的」な側面、つまり、何度となく起きた革命的製品の開発に焦点を絞っても、ジョブズひとりの功績でないのは確かだ。

では、なぜ、アップルのストーリーとジョブズのストーリーは私たちの頭の中で1つになっているのか。

その理由は、ヒーローが活躍するストーリーを私たちが聞きたくてたまらないからだ。最高のストーリーは、いかにもヒーローらしいキャラクターが登場するストーリーだ。私たちは、すべての結果はその人がもたらしたと考え、ほかのプレーヤーが果たした役割を軽く見る。

また、そのときの環境や競争相手や「運」の影響(よいか悪いかにかかわらず)も過小評価する。

あなたがある人を天才だと感じたら、その人のまねをする前に、よく考える必要がある。「スティーブ・ジョブズは天才だった」と言い、「だから模倣すべきだ」と結論づけるとき、あなたは三段論法の2番目の前提を忘れている。それは「私も天才だ」である。

自動車レースの最高峰フォーミュラワン(F1)の王者は運転の魔術師だが、普段ハンドルを握っているときのあなたは、F1王者の「ベストプラクティス」をまねようとは夢にも思わないだろう。それができるのは魔術師だけとわかっているからだ。運転に関して、人は魔術師と自分の違いをよくわきまえているが、「ビジネスの魔術師」について話すときには、しばしばその自覚が抜け落ちる。

バフェットから学んでも市場では勝てない

例として、投資の魔術師ウォーレン・バフェットを取り上げよう。バフェットは半世紀にわたって卓越した業績をあげ、2020年の純資産は800億ドルを超え、世界で3番目に裕福な人になった。多くの投資家がバフェットの投資戦略を研究している。それは彼の戦略がシンプルに見え、また、彼がそれを庶民的で実用的な言葉で語るからだ。