子どもを産んだ妻を夫が散々イラつかせる理由

夫はフラフラと戦場に迷い込んできたようなものです(写真:Ushico/PIXTA)
女は弱し、されど母は強し。昔の人は、そう言った。「弱い女なんてこの世にいるのかしら?」と思える現代だけど、「正直、出産後の妻の変化に傷ついた」という男性は、女たちの想像をはるかに超えて多い。
昨今の新型コロナウイルスの蔓延による外出自粛で一緒にいる時間が急激に増えたために、妻や夫と不和が生じた人も多いのではないか。「コロナ離婚」という言葉も誕生するほど、今、家族間の不機嫌は深刻な問題である。
男女の脳の使い方の違いを30年以上研究し、大人気「トリセツ」シリーズを手がけた黒川伊保子氏の著書『不機嫌のトリセツ』より、「女性の不機嫌」について本書の一部を抜粋、再構成してお届けする。

母は戦士である

私は、29年前に、一人息子を出産した。

赤ちゃんを育てる母親は、一瞬たりとも気を抜いていない。新生児の息子の息がほんの一瞬途切れただけでも、私は跳び起きた。

反射的に上半身をパッと起こした自分を客観視して、私は苦笑したことがある。こりゃ戦士だな、と。ここは戦場のベースキャンプか。それだけ、自分が命がけなのだと悟った。

出産の前の晩、眠りに落ちる寸前、私は不思議な感覚に襲われた。私の枕のすぐ上に、ばふっと大きな穴が開いたように感じたのだ。遥か遠くにつながるトンネルのような空間が開いた、そんな感じだった。私の息の音や、ふとんが擦すれる音が吸い込まれていく。とてもリアルな感触だった。

私は、あの世とつながる道だと信じた。子どもの”仕上げの魂”がやってくる道だ。そして、私自身もあの世にうんと近いところにいるのだ、と。不思議と怖くなかった。子どもの命と引き換えに、私がこの闇の向こうに行くことさえ、まったく厭わなかった。翌朝早く、私と息子の出産が始まった。

母になるとはそういうことだ。時満ちるようにして、自然な覚悟がやってくる。命の危険と隣り合わせにいることがちゃんとわかるのに、怯える気持ちなんて一ミリもない。ただただ、子どものことを思うだけ。

母は、こうして命を投げ出した戦士である。そりゃ、強いわけだよ。

さて、いきなり命知らずの戦士になった妻たちは、当然のように夫を戦友扱いする。

おむつを替えていて、赤ちゃんが寝返りを打ったせいで、お尻拭きに手が届かない……!なのに、傍にいる夫が、ぼ~っとしている。その瞬間、目から火が出るほど腹が立つ。

恋人気分のときには、「たっくん、とって~」と声をかけていたのに、甘えて取ってもらうなんて思いつきもしない。そりゃ、そうでしょう、「私がヘリコプターのエンジンかけるから、たっくん、ドア閉めて~、ちゅっ」なんていう戦闘チームがいる?

妻は、自分が「戦闘任務遂行中」の脳になっていることに気づいていないから、夫が急に、無自覚の役立たずになったような気がして、絶望する。

夫にしてみたら、青天の霹靂である。ひどいショックを受けもする。出産に伴うホルモン変化でまろやかな身体になって、いっそう優しそうに見える妻が、赤ちゃんには聖母のような笑顔を見せるのに、自分には鬼のような形相を見せるのだから(もちろん個人差はある)。

夫は、でかい、うるさい、手がかかる。

妻の脳は、その認識のレンジ(目盛)を赤ちゃんに合わせている。赤ちゃんの小さな身体、なめらかな肌を一日中凝視しているので、夕方帰宅した夫の顔を見て「でかっ」「脂っぽいっ」とびっくりしたりする。また、一日中、繊細なしぐさで赤ちゃんに接しているので、夫の歩く音がとてつもなくうるさく、ものをつかむしぐさがガサツに感じる。テレビでテロ事件の破壊映像が流れたりすると、強い衝撃を受けて、涙が止まらなくなることもある。