これに関しては学習塾関係者も危惧の念を述べているが、以下のような呆れた事実が結果として表れている。暗記だけの学びは忘れるのが早く、一旦忘れると手も足も出ないことに注意したい。
2012年の全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)に出題された小学6年生対象の問題で、「赤いテープの長さは120cmで、赤いテープの長さは白いテープの長さの0.6倍」を示す図を選ぶ4択問題の正解率が34.3%であった。
2012年度の全国学力テストから加わった理科の中学分野(中学3年対象)で、10%の食塩水を1000グラムつくるのに必要な食塩と水の質量をそれぞれ求めさせる問題が出題された。
これに関して、「食塩100グラム」「水900グラム」と正しく答えられたのは52.0%にすぎなかった。1983年に、同じ中学3年を対象にした全国規模の学力テストで、食塩水を1000グラムではなく100グラムにした同一の問題が出題され、この時の正解率は69.8%だった。
理解を無視した暗記だけの算数・数学の学びは中学や高校でもますます盛んになっている(拙著『AI時代に生きる数学力の鍛え方』(東洋経済新報社)参照)。背景には、社会全体に「結果さえ良ければそれでよし」というプロセス軽視の風潮もあるだろう。それが算数・数学の学びの世界にも浸透してしまったと考える。かつて、「算数・数学は最後の答えが合っても途中の式をしっかり書かなくてはダメ」と散々言われた時代を懐かしく思い出すのである。
筆者は22年間の理学部数学科での教員生活を経て、2007年から現在の本務校のリベラルアーツ学群に勤めているが、しばらくの間は補職として就職委員長を歴任した。当時は学生の就職状況が悪く、算数・数学を苦手とする学生に、関連する非言語問題対策として何らかのサポートをすべきという思いから、後期の毎週木曜日の夜に「就活の算数」ボランティア授業を行った。
筆者の手当て一切ナシは当然として、学生も単位認定一切ナシでも、3年間で約1000人の学生が授業に参加した。昼の正規の授業と合わせて週に10コマ近く行っていたが、それによる疲れはまったく感じない充実した授業であり、昔の寺子屋を想像したほどである。
実はその授業を通して重要なことを学んだ。苦手意識をもつ数学嫌いの学生の多くは、上述したように小学生の頃から理解を無視した暗記の算数・数学教育を受けてきたことである。何人もの学生から、「こんなに理由を説明してくださる先生に教えてもらったことは人生で初めてです」と伝えてもらった。このような話は、数学科の教員時代には一回も聞いたことがなかったことである。
かつて、女性タレントとして活躍された東大工学部卒の方が、テレビの対談番組で「私が習った小学校算数の授業では、先生が考える楽しさを皆に教えたので、クラスの児童全員が算数は好きでした」と述べられたことが忘れられない。
あえて極論を述べると、「子どもの将来の方向は、保護者を含む小学算数の教え方一つで決まるのではないか。もちろん本人の努力もあるが、数学嫌いの若者は教育の犠牲者の面が大きいのではないか」と筆者は言いたいのである。
理解無視の算数の暗記教育と結果だけ問うマークシート式問題が遠因と考えるが、中学数学での作図文や証明文の指導が昔と比べて相当減っている。
その結果として、2014年に行われた千葉県立高校入試の国語で地図を見ながら道案内する文を書く問題が出題されたが、半数が0点だったこと。PISA調査(OECDの生徒の学習到達度調査)で、日本の子どもたちは科学的文献に対して自らの考えを述べる論述力に弱点があること。等々が表面化している。