「以前から単なる提供表示では面白くない、番組提供の新しい価値を見つけたいと考えていた。テレ東さんはフットワークが軽く、いろいろ一緒に何かをやってくれる放送局だと認識している。この提案を受けた時も競合他社との相乗りは業界のタブーなので、逆に実現できたら面白いと思い、会社としても割とすぐにやろうという判断に至りました」
キリンにとってはまさに「渡りに船」といったテレビ局側からの提案だったが、同時にテレ東もキリンもそれぞれの市場環境において同じような焦りを感じていた。
「テレビ業界も酒類業界も成熟したマーケットなのでテレビ離れ、ビール離れなど危機感の共有もあった」という越智氏。何かを変えていかなければ飽きられてしまうという危機意識の共有がこの企画を後押しした側面もあるという。ただ、「正直、ここまで注目、話題にされるとは思っていなかった」と越智氏は驚きを隠さない。
もう一方のサントリーはどうか。サントリーとキリンは2010年に経営統合交渉が破談に至ったという苦い過去がある。実はドラマ内で、遠山と大園が共演NGになったきっかけは25年前に破局したことが原因という設定になっている。
サントリーとキリンも遠山と大園と同じく、絶対にありえない「共演NG」のように思える。が、サントリーコミュニケーションズ宣伝部の長野直樹氏は、この企画を社内で検討するにあたって、キリンとの過去の経緯は「まったく話題にもならなかった」ときっぱり言う。
「コロナ禍でムードが落ち込んでいる世の中を、こういった楽しい企画で元気にしたいというテレビ東京さんの思いにわれわれも共感して実施することに決めました。提案をもらった時から『キリンさんとの2社で』いうことでしたが、そこは問題になりませんでした。社内のどの部署でも賛同や応援してくれる声ばかりでした」と長野氏は話す。
では効果はどうだったのか。キリン、サントリー両社共に視聴者、消費者の反応としては期待以上の成果を得られたようだ。
「TwitterなどSNSでの反響に質の違いを感じました。単に『面白い』ではなく、『サントリーが好きになった』『今度、買ってみようと思う』という言及が見られました。通常、1つの広告企画ではそういうことは起こりません」と手応えを実感する長野氏。
サントリーの顧客相談窓口には「今までにない面白い取り組みだ」などのポジティブな意見が複数寄せられたほか、「テレビCMを出稿しているほかの広告主、地方放送局、広告代理店からの反響も大きかった」(前出のキリン越智氏)という。
さらに、キリン、サントリー両社の担当者が異口同音に「想定外」だったと驚くのが流通、小売の現場への波及だった。「視聴者の間で話題になるのはある程度想像していたが、まさか具体的な店頭販促にまでつながるとは思わなかった」(長野氏)
埼玉県を中心に関東1都7県に約120店舗を展開するスーパーのベルクでは約90店舗で、自前で制作したパネルに自社クリエーターが考案した「美味い方が勝ちだ。」のコピーを打ち出して対抗関係をあおるキャンペーンを実施。ビールの「一番搾り」(キリン)と「ザ・プレミアムモルツ」(サントリー)、新ジャンルの「のどごし生」(キリン)と「金麦」(サントリー)の4種類をキャンペーン価格設定で販売した。
執行役員・営業企画部長の多賀谷真氏は、そのきっかけについて「面白い番組タイトルだと思った。初回放送を見た社長(原島一誠氏)から『売り場を作ってみてくれ』言われ、メーカーさん、テレビ東京さんの同意が得られた段階で一気に動いた」と言う。
その結果は、11月第2週の途中から2週間の売上高を昨年と比較すると、両社ともビールは3割以上、新ジャンルは1割以上増えた。ビールと新ジャンルの合計の売上高は両社とも3割増で、ビール市場全体の売上高の伸びを上回っており、共演NGのキャンペーン効果が現れているといえる。ちなみにビールはキリンの一番搾りが、新ジャンルではサントリーの金麦が勝っている。
12月7日放送の第6回の後提供では、最後に両社ロゴが競い合いを止め、チンとグラスを合わせるような音を発し、乾杯による和解をしたような演出があった。しかし、それはむしろこの広告企画が予想以上に各方面に浸透、支持され大成功したことへの祝杯だったのかもしれない。