勝俣さんのような事例を聞くと、「石にかじりついても、今の会社にとどまれ」「50歳を過ぎて新しい環境に飛び込むのは無謀だ」と言いたくなります。
しかし、多くの企業に明るい未来が約束されていた昭和の時代はともかく、伝統ある大手企業でもあっさり破綻する今日、今の会社にとどまるのが正解とは限りません。
東京のエンジニアリング会社・C社で管理部門の課長をしていた久富守さん(仮名・54歳)は、3年前に早期退職の募集に応じました。
C社の業績が悪化し、早期退職の募集を発表したとき、久富さんは応募するつもりはまったくありませんでした。C社一筋30年近く勤めてきて、深い愛着があったからです。ところが、地元の静岡県で電子部品メーカーD社を経営している高校時代の級友・小笠原正一さん(仮名)と会って、考えが変わりました。
呑みながら、久富さんが「早期退職を募集するなんて、うちの会社もまったく将来性ゼロだよ」と愚痴ったところ、小笠原さんは「将来性がないとわかっているなら、さっさと応募したらどうだ?」と言いました。そして、キョトンとしている久富さんに小笠原さんは「よかったらうちで働かないか?」と誘いました。
D社は順調に成長しており、小笠原さんは、将来の上場を視野に入れて管理体制を強化したい、そのために管理部門に大企業での経験が豊富な人材採用をしたい、と考えていました。小笠原さんは久富さんを勧誘するつもりで飲み会に誘ったようです。
久富さんは1ヵ月悩みましたが、自分のこれまでの経験を生かせること、実家で高齢の母親が一人暮らしをしていること、家族が快く賛成してくれたことから、D社への転職を決断しました。
久富さんの1年目の年収はC社の頃よりもやや減りましたが、実績が認められ、3年たって同程度になりました。久富さんはいま、将来の上場を目指して、生まれ故郷でハツラツと活躍しています。
一方C社は、その後も業績悪化が止まらず、昨年、再び早期退職を募集しました。今回は、割増退職金などの条件が前回よりも大幅に悪化しました。さらに、中高年社員を狙い撃ちした賃下げも行われました。そして今は、コロナ禍で会社自体が存亡の危機に直面しています。
早期退職には、勝俣さんのような失敗例も、久富さんのような成功例もあります。将来のことは不確実で、「絶対に大丈夫」という正解はないでしょう。
ただ、「どうせ未来のことはわからないから」といい加減に決めてはいけません。以下の10のチェックポイントを検討し、総合的に判断したいところです。
なお、「そんなのわからないよ」という項目については、保守的に判断するようにします。たとえば、1.現在の勤務先の将来性が「まったくわからない」なら、この項目については「応募する」と判断します。
以前は、早期退職に応募するというのは危険な賭けでした。しかし今は、応募せずに泥船に乗り続けるというのも、また危険な賭けです。チェックポイントを慎重に検討し、悔いのない人生の選択をしたいものです。