背景が共有できると、問題解決のための議論にも厚みが出ます。結果として、最初に少し時間をかけて理解してもらうほうが、その後の何十時間を有意義なものにできると気づいたのです。
僕の記憶の中のNさんは、いつも笑っています。よく考えたら、怒られたことなんか1回もなかったかもしれません。僕たちがうまくできないときにも、できないことを怒るのではなく、「なぜ、できないか」を時間をかけて深掘りしてくれたのです。
僕「いやー、Nさんが怒らないから、僕たちも『わかりません』ってちゃんと言えますけど、これ、『なんでわからないんだ!』って言われていたら、どうしようもなかったですね」
Nさん「ははは、怒ってできるようになるなら怒るけど、そんなわけないでしょ? 『なぜできないか』をちゃんと聞いて、明らかにしたうえで対処してあげるのが僕の役目だよ。
そのかわり、何も言ってくれなかったら僕もわからないから、何がわからないのか、どこまではわかってるのかをちゃんと伝えてね」
僕「はい、ありがたいです!」
Nさん「あと、これは寺澤くんがもう少し年齢を重ねたときの話になると思うけど、人を伸ばすために最も必要な考え方は『伸びたところを見てあげること』なんだよ」
僕「わかります! 僕もできるようになったのをほめられると、めっちゃやる気が出ます!」
Nさん「でしょ? 人のスキルが伸びるっていうのは、『経験を積むことによって、何かができるようになる』っていうこと。だから、基本的には、経験を積めば積むだけスキルって右肩上がりになるはずなんだよね。ってことは、本来はほめようと思って人のことを見れば、伸びているところばかりのはずだから、ほめるのは簡単なはずなんだよ」
Nさん「ところが実際には会社で後輩に教えていたり、家で子どもと接していたりすると、ついつい怒ってしまってばかりという人が多い。これは何でだと思う?」
僕「それ、難しい質問ですね。できていないところに目が行っちゃうからですか?」
Nさん「うん、そうだね。もっと言うと、多くの人が『できたか、できなかったか』、すなわち『○か、×か』の2択の考え方をしてしまうことが原因なんだよ」
僕「僕もやってしまいそうです」
Nさん「まあ、仕方ないよ。これはある程度、人と向き合った経験がないと難しいからね。例えば、上司が『これ、今日中にやっといてね』って頼んだことができていなかった場合、『やっとけって言っただろ!』って怒っちゃうのはよくある話だよね」
僕「ありそうですね。でも、それは怒られるのもわかる気がします」
Nさん「うん、100%できていなければ大変なことになるケースならそうかもしれない。でも、そうじゃないケースでも往々にして怒られるんだよ。
この後者のケースで上司がどうして怒っちゃうのかというと、『できていたら○、できていなかったら×』っていう判断基準を持ってしまっているからなんだよ。じゃあ逆に『できてたら○、できてなかったら×』じゃない考え方ってどんな考え方だと思う?」
僕「うーん、△をつけるしかないですね」
Nさん「そう、△が大事なんだよ! 人を見るときには、『100%には到達しなかったけど、80%くらいできてるよね』っていう視点を持ってあげないといけない。
この発展途上の状態を意識的に、積極的に認めようとしてあげないと、人はどうしても『できたか、できなかったか』だけで判断をしてしまうんだよ。それって0%でも99%でも怒られるわけで、怒られる側にとってはすごく不幸なことだよね。
逆に怒る側にとっても、100%しか認めないというのでは、まわりに対して怒ってばかりになってしまうし、同時にまわりに対して不信感が募ってしまう。それが周囲にも伝わって、最終的に自分の信頼を下げてしまうことになってしまうんだよ。
さっきも言ったけど、きちんと相手の仕事の結果を見て、『〇か、×か』の2択ではなく、『どこができていないのか』を理解し、その結果が『どうして起こったのか』を一緒に考えてあげる。そのうえで、怒るのではなく、いいところをちゃんとほめてあげることが大事なんだよね。
そういったコミュニケーションの積み重ねが、人を伸ばすっていうことにつながるんだよ。完璧を求めて怒りまくっても、決して人は成長なんかしないからね」
僕「ふ、懐が深すぎです……」