例えば、「東大生の歪んだ恋愛事情」と題し、「東大生と結婚したい肉食女子」なるものを連れてきてスタジオの東大生とお見合いさせるというコーナーがあった。そこでは「東大生の遺伝子がほしい」などと下品な言葉を口にする女子大生を目の前にして、慌てふためく朴訥な東大生男子をスタジオ中でからかっていた。
多くの東大生は中学高校の時期を受験勉強に捧げて東大に入っている。東大生を多く輩出する進学校には男子校も多い。
2019年時点の東大生の男女比が男性80.7パーセントに対し女性19.3パーセントということを考えると、二十歳(はたち)かそこいらの東大生(とくに男子)など大半は恋愛未経験者だろう。そんな彼らの未発達な恋愛観を「歪んでいる」と称し、異性経験がないことを全国にさらして辱める。こんな悪趣味なことがあるだろうか。
編集者には資料として8回分の録画映像を取り寄せてもらっていたが、僕はどうにもいたたまれなくなり、最初に手にした1回分しかまともに視聴することができなかった。
「さんまの東大方程式」については、もう1つ気になることがあった。おそらくコミュニケーション能力の低さからであろう、皮肉が通じず、さんまとの会話がかみ合わない、話を振られて挙動不審になる東大生を笑いものにしていることだ。
ここまでにも散々書いてきたが、東大生にはコミュニケーションに苦手意識のある人が多い。そのなかには、はっきりとした病識があり、医療機関で「自閉症スペクトラム(ASD)」という診断を受けている人もいる。2013年にDSMというアメリカ精神医学会の診断基準が改訂される前までは、「アスペルガー症候群」という診断名が使われることも多かった。
アスペルガー症候群は脳機能の障害により認知発達に偏りがもたらされる発達障害の1つだ。知能の停滞はないが、「臨機応変な対人関係が苦手」「特定の事柄に強い興味を持つ」「パターン化した行動を好む」といった特徴がある。
データが発表されていないので正確な値はわからないが、東大内にアスペルガー症候群の人がそれなりの割合でいることは、内部を知る人間なら実感していることだろう。東大生や東大出身の教員は、しばしば仲間内で「私はアスペ(アスペルガー症候群)ですから」という自虐を口にするし、実を言えば、僕も自身にいくらかその傾向があることを自覚している。
そのため、東大も学内に「コミュニケーション・サポートルーム」なる支援室を設置し、東大生の発達障害に関わる悩みの相談に応じている。
おそらくアスペルガー症候群の特性と膨大な量の暗記を要求する東大入試との相性がいいのだろう。アスペルガー症候群の人は興味を持つ事柄に対して尋常ならざる集中力を発揮して取り組む傾向にあるし、反復して脳に刷り込むことで覚える「単純記憶」も得意だ。
僕たちは幼少時から、ポケモンの名前なんて全種類言えて当たり前だったし、動植物の種名や天体の名称、電車や自動車の車種など強い興味を持った物事はすっかり記憶することができた。その興味のベクトルが教科書や受験参考書に向けば、入試で点がとれてしまうのも道理だ。
「さんまの東大方程式」の出演者がアスペルガー症候群かどうかはわからないが、仮にそうだったとすれば、ズレた受け答えをしたり、挙動不審になったりしているさまをみんなで笑うというのは人として最低の所業だ。
そういう笑いを番組制作者や世間の人たちが求めているのかもしれないが、ひな壇に並んでいる東大生たちが番組の「いじり」で慌てふためくさまを見るにつけて、僕には後輩たちがひどい「いじめ」を受けているように感じられてならなかった。いじられている彼らは笑顔こそ浮かべていたが、その笑みのなかには卑屈さが見えるような気がした。
吉岡くんは言った。
「現役の学生たちはまだ若いからわからないのかもしれないですけれど……芸能界で生きていこうというのならいざ知らず、あんな番組に出演して、テレビ的に誇張されたキャラクターと実名とをセットで全国にさらしたことは、後の人生できっと汚点になりますよ」
僕もその意見には強く同意する。