韓国の若者が「就職難」でも大企業にこだわる訳

取材したうちの数人が「大企業を45歳前後で辞めて、それまで貯めたお金でチキン屋を開くのが、そこそこの人生コース」と話していたのがとても印象的だった。

ここで近年における韓国の経済状況をざっと整理したい。韓国は1997年に通貨危機を経験し、一時、国家破綻の危機に直面している。経済は大混乱に陥り、IMF(国際通貨基金)より資金支援を受けることでなんとか乗り越えるも、多くの企業が倒産し、財閥解体、政権交代などの結果を招いた。これは「IMF経済危機」とも呼ばれる。

その後、2007年の世界同時不況を契機として、通貨であるウォンの価値は下落。2008年10月には再び通貨危機を経験することになる。

この間、経済面での浮き沈みはあるものの、基本的には低迷期間が長く続き、特に2000年からは青年失業率が上昇の一途を辿った。その中で、韓国の若者は世界でも類例のない「多重貧困」にさらされている。

複合的で特定しにくいが、その原因にますます広がる格差と、学歴による過当競争が挙げられるのは間違いない。たとえば一流企業と中小企業の賃金格差はとても大きい。

平均的な中小企業の賃金は大企業の6割にも満たないことが明らかになっている(韓国雇用労働部および中小企業研究院調べ)。世代別に見ると、中小企業の場合、30代で平均年収3000万ウォン台にとどまるが、現在、最も年棒が高いことで知られるSK仁川石油化学などのSKグループをはじめ、サムスンなど大企業の場合、1億2000万ウォン前後。その差は約9000万ウォンに達する。

一方で、大学進学率は日本よりも高い。国内の7割の若者が大学に進学しており、2008年以降OECD加盟37カ国で1位を維持している。

その大卒者が、国内にわずか0.1%存在する、年商5兆ウォン以上のいわゆる大企業を目指すが、実際に一流企業への門戸が開かれているのは、ソウルにキャンパスを置く国立のソウル大学校、そして私立である高麗大学校、延世大学校などの上位大学卒業者にほぼ限定される。結果として多くの若者が、学業に費やした労力に見合わない低賃金の職や、無職に甘んじる状況を招いている。

韓国は「世襲階層社会」である

なお文部科学省の学校基本調査によれば、2019年度の日本の大学進学率は、短期大学への進学を合わせて58.1%。現役だけに限定すると、54.8%に留まっている。

また韓国の賃貸制度では、家を借りる際に数十万~数百万円の保証金が必要になる。それが自立を妨げる結果になり、結婚の困難さなどにも繁がっているようだ。

こうした状況に置かれた韓国の若者は、2010年代に入って「恋愛、結婚、出産」の3つを放棄せざるをえない「三放世代」とされていた。しかし昨今ではそこに「就職、マイホーム、夢、人間関係」を加えた「七放世代」とも呼ばれるようになった。

「世襲階層社会」と呼ばれるが、「階層が親の経済力によって固定されやすい」というのも韓国社会の特徴でもある。階層を上がりたい場合、「半地下」で暮らすシムさんのように有資格者、公務員を目指すほかには「これだ」と呼べるようなルートがなかなか存在しない。それでいて、起業も推奨されず、副業も日本ほど浸透しておらず、貧困を打破する手段が限定的なのがさらに問題と思われる。

日本でも非正規社員から正規社員になることの難しさがよく話題になるが、韓国でのそれはさらにハードルが高い。その確率はOECD加盟国の平均35.7%に対し、韓国は11.1%にとどまり、かなり低いことがわかる。

そうした状況は「労働市場の二重構造化」と指摘され、問題視もされているが、そこにきて脱産業化など、市場構造の変化によりホワイトカラーの仕事そのものが減少している。平たく言えば、大卒者の多くが望む「それなりにいい仕事」の数自体が減っているというわけだ。