樋山社長の饒舌な語り口は、取材されることを楽しんでいるようにも感じる。だが、饒舌な人ほど、自分が話したいことだけを口にして、肝心なことは隠す傾向が強い。
なぜ、ユースビオの名前が公表されなかったか、尋ねると─―。
「うちのマスクはまったく事故が起きていないということじゃないですか。汚れ、ごみ、カビ、虫、そういう問題が起きたときに、厚労省から名前の公表はOKですかという話がきました。最初にOKしたのはうちの会社です。なぜこれまで出なかったのか、私は知りません」
――会社の業務として、マスクの販売、輸入代理もやっている?
「だから、最初に違うって言いましたよね! 木質ペレットの輸出入をやっていたんですって、最初に申し上げたですよね! それが主業務であって、マスクに関してはやっていたんですか、やってませんって私答えましたよね? なぜ間違った質問をされるんでしょうか?」
電話の向こうで、樋山社長は明らかにいらだっていた。
マスクの専門業社ではない会社が、なぜ納入業者として選ばれたのか聞くと─―。
「緊急だからでしょ、それでは」
吐き捨てるように言い放って、彼は電話を切った。
強烈な違和感が残り、4月27日午後、私はユースビオのある福島市に向かうことにした。
東日本大震災のときから交流のある福島県庁の幹部に、ユースビオ社について聞いたところ、こんな答えが返ってきた。
「今回の報道で初めて知った。地元でも無名の会社。通常は実績のまったくない専門外の業者を、県が国に紹介するなどありえない。だが、今回は緊急事態という建前があるので、政治力で決まった可能性はある」
福島市の中心部から外れた場所に建つ、プレハブ風の長屋。その一角に、ユースビオ社の事務所はあった。郵便受けの社名は、白いテープで隠されている。窓には、公明党・山口那津男代表のポスターが貼られていた。
引き戸を開けると、段ボールが雑然と置かれた殺風景な狭い部屋の奥に、青いジャンパーを着た初老の男性がひとり座って、電話対応していた。声の調子から樋山社長だとわかったが、表情は険しい。殺到する取材陣に嫌気がさしていたのだろう。
数時間前、電話で話したときは、会議で忙しいと言っていたが、他に人の姿はなかった。今流行りのリモート会議だったのか。
電話を終えた樋山社長に、質問をしようとしたが、もう取材は受けないと決めたと言う。多額の税金が投入されている案件には、説明責任はあるはずだ。しかし、食い下がる私に対して、樋山社長はけんか腰だった。
ついには、「警察を呼ぶぞ!」というセリフまで飛び出したので、客観的な事実を確認する方針に変えた。
樋山社長の自宅に関して調べると、自宅の土地と建物は、競売物件として4月9日に公示され、5月に入札される予定になっていた。しかし、4月24日付で債権者から競売を取り下げられていたのである。
布マスクに関連する動きを時系列で並べると、奇妙な偶然が重なっていた。