テクノロジー革命は、新たなコミュニケーション手段をいくつも生み出した。今やわれわれの周りはモバイル機器だらけで、メール、テキストメッセージ、動画、オンラインストレージを目にしない日はほとんどない。
これは言うなれば、世界のノイズの量が飛躍的に増えたということでもある。
しかし、そうした外界のノイズ以上に問題なのは、われわれが他人の話を聞くことよりも、自分の考えを発信することにもっぱら心を奪われている現実だろう。とりわけリーダーほどその傾向が強い。誰かが話していても、リーダーはまともに聞こうとしない。
「天才の邪魔をしない」という(本書の第2)のルールを満たすには、黙って天才の話を聞くのがいちばんの方法だ。相手の話によく耳を傾けると、権限をその相手に委ねられる。頭の中のノイズも鎮められる。それなのに、話を聞くのを苦手としているリーダーは思いのほか多いのである。
それにしても、人はなぜお互いの話を聞かないのだろう? 最も本質的な理由はおそらく、相手の心を読めると思っているからだ。相手が何を言おうとしているのか、言う前からわかっているつもりでいる。
ある調査で、人は普段から「自分は他人の考えていることがよくわかる」と、自分の聞く能力を過大評価していることが判明した。自分の基準で相手を解釈しているわけだ。だが、この調査の参加者は、他人の考えを読み誤っていたうえに、自分が思い違いをしていることにも気づいていなかった。
他人の考えを読み誤るのは、自分と他人の心が違うのを忘れてしまうことに原因がある。われわれは相手が何かを言う前に、「きっとこういうことを言うだろう」と想像する。自分が言いそうなことを相手も言うはずだと思い込んでいるためだ。
スペースシャトル「チャレンジャー号」の惨事は、話を聞かないことが招いた悲劇の典型である。
技術者たちがエンジン周辺のOリングの欠陥について懸念を伝えていたのに、ミッションのリーダーはその警告をミッション前のありがちな杞憂(きゆう)として片付けた。案の定、Oリングはシャトルの発射時に破損し、燃焼ガスが噴き出して7人の乗組員全員が死亡した。
Oリングの問題を指摘した技術者は「オルタナティブボイス」、つまり主流ではない立場の人々[訳注:チャレンジャー号のブースターロケットの製造保守を担っていたサイオコール社はNASAの下請け企業だった]で、そんな彼らの意見をミッションのリーダーは軽視した。
「(人が話を聞かない)理由の1つに、情報の提供者とその状況の責任者に与えられた力の差がある」と、ニューヨーク大学経営大学院(当時)のケリー・シー助教はフォーブス誌で述べている。
シーのこの解釈は、歴史学で使われる「従属的諸集団(サバルタン)」の考え方に近い。これが示しているのは、新しいアイデアは現状維持の力の働きによって既存の枠組みより軽視されやすいことだ。つまり新しいアイデアは、従属的な集団=オルタナティブボイスなのだ。