一方で、旧国立にはなかった観客席全体を覆う屋根や2台の大型映像装置、スタジアムWi-Fiなどが完備され、「プラスとマイナスが同居した競技場」という印象だった。
本格稼働後は記者席が3階に移るので、上層階にも行ってみたが、2~3階にかけては最大34.5度という急傾斜の部分もあり、上からの見え方は悪くない。
ただ、選手の一挙手一投足がつぶさにわかるというレベルでもない。
そもそも記者席が陸上想定で右寄りの場所に設置されているのは、サッカースタジアムとしては芳しいことではない。1~3階を移動する階段も工事中でできていないところが多くて大回りせざるをえず、コンコースもかなり混雑している点も含めると、サッカーの試合を新国立で行う圧倒的優位性があるとは言い切れなかった。
サポーターが陣取るゴール裏もホームとアウェーで大きな差があった。
ホーム側の神戸が一体感ある雰囲気を作り出せたのに対し、アウェー側の鹿島はマラソン用通路が中央にあるため、応援が1階席の中央で分断されてしまったのだ。右隅の陸上用撮影スペースもポッカリ空いていて、そこも一体感を欠く一因になっていた。
試合は元スペイン代表の名手、アンドレス・イニエスタ擁する神戸が前半のうちに2ゴールを奪って鹿島を突き放し初優勝、スペイン代表でともに戦ったダビド・ビジャの現役引退を華々しく飾る形になったが、ゴール裏の格差も結果に影響したのではないかと見る向きもあったほどだ。
試合後、選手数人に新スタジアムの感想を聞いてみると、「(観客席から)ピッチが遠い」といったコメントが寄せられた。
また、「風呂が狭い」という感想もあった。2002年日韓ワールドカップや2019年ラグビーワールドカップ決勝が行われた日産スタジアムは20人程度が1度に入れる大浴槽があり、川崎フロンターレの本拠地・等々力陸上競技場も交代浴ができる個別の浴槽が設置されているが、新国立はわずか4~5人入れば満杯になってしまう規模というから驚かされた。
木を使った和の雰囲気を醸し出すロッカールームや天然芝ピッチの快適さや質の高さなど誇れる面もたくさんあるものの、「完全なる選手ファースト」になっていないのは残念だった。
このように天皇杯決勝を見る限りだと、現状での新国立は「陸上とサッカー・ラグビーなどの球技、コンサートなどのあらゆるイベントを網羅しようとする中途半端な施設」という感想だ。陸上競技場視点では、現状では補助競技場がないため第一種公認を受けられず、世界陸上などの世界大会は開催できない。コンサート施設としては開閉式屋根がないため活用範囲が狭くなる。
そして今回のメインテーマである球技専用スタジアムとしては、前述のとおり、ピッチまでの遠さや臨場感の問題、ゴール裏の一体感の創出しにくさ、3階記者席が陸上想定で右寄りの場所にある、選手ファーストでない部分があるなど複数の不備が見て取れた。
田嶋会長は「国立はわれわれの聖地。サッカーの歴史を作ってきたスタジアム。大切に使っていきたい」と強調したが、はたして新国立が本当の聖地になっていくのか否か。そこは未知数だろう。
歴史をさかのぼると、2000年代前半まではワールドカップ予選や五輪予選といった協会主催のビッグマッチはほぼ国立競技場で行われていた。Jリーグもナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)決勝や富士ゼロックススーパーカップなどのカップ戦は国立開催。高校サッカー選手権も準決勝からは国立が舞台。「憧れの場所」として長く位置づけられてきた。