米国は臆面もなく金持ちになれる国なのである。それ故、トランプがお金を儲けて華やかな生活を送ってもそれがマイナスになるとは言えない。
また米国人は、サクセスストーリーが大好きである。ヴァンスのように恵まれない境遇からのし上がった人物をアメリカンドリームの体現者として高く評価するのだ。むしろ、中産階級の普通の家庭で生まれ育って、まじめに勉強して大学を出て成功したという人物よりも、麻薬中毒を克服して成功したという人を高く評価するきらいがあるくらいである。
そして、更にハリス陣営にとって頭の痛いことに、米国には根強い「反知性主義」という伝統がある。知識層と権力とが結びついた権威に反発するという伝統である。
知性的だが堕落した欧州を脱して、新しい神の国を造ったのがピューリタンたちであった。欧州のような権威主義が存在しない新世界において、ピューリタンの聖職者たちの知性は権力と結びついて大きな力をもった。だが当然多くの人々は、神の前では学識のあるものもない者も平等なはずであるとそれに反発した。
ニューイングランドの植民地において、権威主義的な指導層とそれに反感を抱く庶民たちは時に敵対関係にあった。ジェファソンやマジソンといった米国建国に貢献した建国の父祖たちは、当時としては極めて高い学識をもっていた。それは憲法制定会議に集まった代表55人の大卒比率が当時としては驚くほど高いことからもわかる。
建国当初選挙権を与えられたのは一定の財産を持つ白人男性であった。しかし、それに対する反発も大きく、白人男性であればすべてに選挙権を与えるというアンドリュー・ジャクソンのジャクソニアン・デモクラシーへとつながっていく。トランプ在任中のホワイトハウスの執務室にジャクソンの肖像画が飾られていたのと無関係ではない。
トランプを2016年に当選させたのは、恵まれた一部の人々がワシントンのインサイダーとして権力を独占することへの反発であった。民主党候補として庶民の味方を訴えたヒラリー・クリントンも、ウォールストリートやワシントンのインサイダーとの強い結びつきが見え隠れしたことが大きなマイナスとなった。この反知性主義が今日勢いを増しているように見えるのである。
ハリスは検察官として、法を行使する側で活躍してきた。悪を追い詰める知性的な弁舌は彼女の大きな魅力である。ところが、反知性主義の文脈では、知的な彼女の振る舞いは必ずしも米国民全体に訴えかける魅力にはならないのである。法廷であれば、論理的に正しい方が勝つかもしれないが、選挙においては論理的整合性や正しささえおいていかれ、その与える印象が大きな意味をもつ。
一般大衆にどうアピールし、その票をどちらの陣営がより多くとりこめるのか。ここからの選挙の行方を決めるのはそこかもしれない。