この2つに異論はないが、いずれも若干の違和感がある。まず米比間の政策調整は重要であるが、記事はフィリピンが暴走し、米国議会のタカ派がそれを煽るために、米国が相互防衛条約に従って中比の紛争に巻き込まれる危険を説く論調となっている。しかし、現実に事態を悪化させている主たる原因は中国の粗暴な行動である。
これに対抗する有効な手段は、バイデン政権がとっている、米国は「フィリピンの同盟国として条約上の義務を果たす」ことを繰り返し鮮明にすることであろう。米国巻き込まれ論を心配する以上に、フィリピン国民は米国が条約上の義務を本当に果たすか心配している。
処方箋としては米比間の調整のみならず、日本、豪州、韓国等の「同志国」との海洋安全保障協力も重要だろう。共同訓練・共同パトロールの実施、航行の自由作戦、海洋監視能力向上のための支援などで具体的かつ広範な協力が進んでおり、その重要性に触れないのは不十分である。最近の日米豪印の協力進展にも注目すべきであろう。
第二の処方箋として、透明性の向上と中国に批判的な広範なグループの形成が挙げられている。最近欧州諸国が対中関係全般の中で南シナ海問題に注目し、現実に艦艇を海域に派遣する国が出るなど好ましい進展もある。
一方、次はASEANであろうと記事がナイーブに述べているのには失望する。ASEANは20年以上にわたり南シナ海問題に取り組んできたが、ほとんど進展はない。中国の国力・経済力・存在感の上昇と共に、この問題についてASEANがまとまることは難しいだろう。もちろん毎年開催されるASEAN関連首脳会議等の場で南シナ海問題を提起し、透明性を高め、力による一方的な現状変更を糾弾する努力は重要であろう。
最後に、最近のフィリピンの政治情勢を見ると、大統領選を共に闘ったマルコス家とドゥテルテ家の確執が表面化し、サラ・ドゥテルテ副大統領が閣外に去るなど、大統領就任時の政治地図が大きく変わりつつある。
マルコス現大統領はドゥテルテ前大統領の親中政策を大きく転換し、米国との安全保障協力を大幅に進展させた。今のところマルコス大統領の「フィリピン領土は1インチたりとも渡さない」との姿勢は国民の圧倒的支持を得ており、国民の親米感情を基礎に対米関係も盤石に見える。
他方、先に述べた「米国は本当にフィリピンを守ってくれるのか」との不安感に加え、米国は台湾有事の際に比を利用しようとしているのではないかとの不信感も潜在的に存在するため、米比同盟のきめ細やかな管理が一層必要となっている。記事にある米比間の政策協調はこのような側面も含むものと理解したい。