24年1月の『家族ががんと診断されたら 付き合い方を家庭医が解説 かける言葉は?どう介護するか?勝ち負けのない生き方』でも紹介した国立がん研究センターが運営する公式サイト『がん情報サービス』にも、緩和ケアについて書かれたページと冊子が掲載されている。
以前は、がんが進行して、それを治癒させる有効な手術・抗がん剤・放射線療法などの治療手段がなくなり、増悪するがんによる痛みを「緩和」するために麻薬など強い鎮痛薬を使う段階のケアのみを「緩和ケア」と考えている人が保健医療関係者でも少なくなかった。N.C.さんが抱いていたような、死を迎える施設としてのホスピスのイメージである。
しかし今では、『がん情報サービス』の資料にも「緩和ケアは、がんと診断されたときから始まります」と書かれているように、苦しみを予防し軽減するためにも、問題を早期に発見して正しく評価して対処することが推奨されている。
先ほど紹介したWHOのウェブサイトにも、「緩和ケアは、病気の進行の早い段階で考慮することが最も効果的である。早期の緩和ケアは患者の生活の質を向上させるだけでなく、不必要な入院や医療サービスの利用を減らすことにもつながる」と書かれている。
家庭医の視点からは、緩和ケアはがんや生命を脅かす病気が診断されるより前から始めたい。例えば、がんがないか検診(スクリーニング)を受ける場合、あるいは何らかの症状があって生命を脅かすかもしれない疾患がないか検査をする場合には、検査の有益性と害についての説明に加えて、もしがんや生命を脅かす病気が診断された時に家庭医は何ができるかを伝えて、患者がどうしたいかを前もって考えておく機会を作りたい。
心の準備をしておくことと、「悪い知らせ」があったとしてもそれが患者・家族にとって意味することや最善の対処方法を家庭医と相談できるとあらかじめ知っておくことは、患者・家族の安心につながり、精神的ショックや苦しみを緩和できる。
上記の『がん情報サービス』の資料に掲載されている図2(下記図)には、緩和ケアに携わるさまざまな専門職からなるチーム(緩和ケアチーム)の例が描かれている。
そこでは、ケアマネジャー、ソーシャルワーカー、管理栄養士、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、心理士が含まれている。そして、その医師の説明には、「がんの治療を行う担当の医師や、体のつらさの緩和を専門とする医師、気持ちのつらさの緩和を専門とする医師が対応します」と書かれている。
日本では、家庭医・総合診療専門医がカバーできる診療範囲について一般にまだよく知られていないので無理もないが、実は私たちが緩和ケアに関わることは少なくない。
がんの治療はA科のB医師、身体的症状はC科のD医師、そして精神的症状はE科のF医師、などと患者を問題ごとに分断するのではなく、がんや生命を脅かす疾患にかかる以前からその患者と家族のことを知っている家庭医とそのチーム(プライマリ・ヘルス・ケアチーム)が継続して関わることのメリットは大きい。もちろん、必要に応じてそれぞれのがんケアの専門家と相談し連携することも家庭医の機能に含まれる。
緩和ケアが行われるのは、ホスピスや病院の緩和ケア病棟などの入院・入所が前提の医療施設に限定されるものではない。診療所などの外来診療でも提供可能だし、在宅ケアや介護施設でのケアもある。それが必要な時に、必要なケアチームと分担または共同して、必要なだけ、適切な場所で行う。
いろいろな点でシームレスに関わることができるのが家庭医のアドバンデージである。利用する患者・家族から見れば「便利」ということだ。