たいていの社会人は、個人的な感情と仕事のやり取りは別だと考え、どんな場面でも理性的であろうと努力しているものです。
なので、仕事における交渉や説得の場面で、ちょっとくらい相手を怒らせたり、嫌われたりしたところで、全く話を聞いてくれなくなるなんてことは、ほとんどないでしょう。
ただし、まれに出くわすのが、ある種の激情型の人間です。
感情の起伏が激しく、感情の赴くままに振舞う。こうした人は「ムカつくから、見返すために頑張る」「可哀そうだから、助ける」「嫌いだから、それをなくす」というように感情が行動原理になっているのです。
こうした人を怒らせたり、嫌われたりすると大変です。
「ムカつくから、聞かない」と話を聞いてくれなくなるのです。ヒステリックになった顧客、キレた上司、ふてくされた同僚や部下。実に厄介です。
そこで今回は、感情的になった相手への対処法を考えていきましょう。
まず、感情的になった人を相手にする際に大事なことを確認しておきましょう。
それは、「魔法の言葉はない」ということです。
それさえ言えば、誰もが一瞬で平静を取り戻したり、静かに話を聞いてくれたりするようになるマジックフレーズなどありません。
多くの人は、そこのところを勘違いして「何を言ったら、分かってもらえるのか」などと考えてパニックになりがちです。しかし、そもそも「何を言ったら、分かってもらえるのか」という発想が間違っていることに気がつかなければいけません。こうした場合、何を言ったってダメなのです。
では、どうすればいいのか?
ここでするべきなのは、「何を言ったら」とは真逆のこと。つまり、
黙って、相手の話を聞く
のがベストなのです。こう言うと、「黙っていても、相手がヒートアップするばかりで、収拾がつかなくなるんじゃないの?」と考える人がいるかもしれませんが、それは逆です。
黙って聞く行為には、相手の感情を直接的になだめる効果があるのです。
著者は、一時期、弁論術の探究のために、話し方や交渉術などのビジネス書を読み漁ったり、その著者に取材しに行ったりしていたことがあります。
中でも、感情的になった人間を相手にするクレーム応対については興味を持っていたのですが、そんな中、電話応対コンクールの全国審査委員長も務めた顧客応対技術の第一人者・恩田昭子氏から教わったのが、「消耗法」と呼ばれるテクニックです。
これは、相手の話に相槌をうちながらひたすら聞き続け、相手の感情エネルギーを消耗させるというもの。
実際、感情的になった人間を相手に聞きに徹してみればわかりますが、たいていの人は、相槌しか打たない相手に何分も怒り続けられるものではありません。
しばらくは、相手も感情の赴くまま同じ話を何度も繰り返しますが、そのうちエネルギーも枯渇して口数も少なくなってくるもの(心理学的な一説に、「黙っている相手に対して怒り続けられる時間は最大でも三十分」という話もあるようで、「消耗法」でもその時間を目安に頑張るよう教えられます)。
そこまでくれば、相手も言いたいこともエネルギーも尽きて、こちらの話を聞くしかなくなってくるのです。その状態に持ち込んでから、改めて話をする。これが「消耗法」の手法です。それだけで話を聞いてもらうための難易度は一気に下がります。