別の角度からも見てみましょう。
そもそも、感情的になった相手に対して「何を言ったらいいか分からない」となってしまうのは、相手についての情報が不足しているから、ということがあります。つまり、相手の考えがさっぱり分からないから、何を話していいのか分からない、という面もあるのです。
ならば、その意味でも、いったん黙って聞くべきです。
仮に感情的になっている相手であっても、「どうせ感情論だろ」などと切り捨てるのではなく、感情論なりの言い分に耳を傾け、相手が感情的になっている原因、相手の持っている意見などを探るのです。その工程を省いては、相手をなだめるための芯を食った謝罪も、的確な説得もできません。
まずは聞き手の言い分や考え方を知る。
文字にすると当たり前の考え方のようですが、これは感情的になった人間を相手にする時だけでなく、説得全般で非常に重要なことです。
「巧みな交渉」「見事な説得」などと言うと華麗な話術をイメージしがちですが、それは交渉術・説得術の後ろ半分にすぎません。むしろ、まずは相手の言い分や考えを理解し、その上で最善の言葉を相手に投げかける。これがうまく説得・交渉を進めるための必須のプロセスなのです。
その面でも、感情的になった相手に対して、いったん黙って聞くという選択は正しいと言えます。
では、黙って相手の話を聞いたあとには、どうすればいいのか?
基本的には、聞き続けたことによる「消耗法」の効果で相手のボルテージも下がっていると思いますので、変わったことはせず(その「変わったこと」がまた燃料になったりするのです)、普段通りに話を進めていくのが王道です。
ただし、それだけでは芸がないですから、ここで一つスパイス的に、感情的になっている(いた)相手に対して効果的なテクニックをご紹介しておきましょう。
それが、それまで聞いた相手の言い分を引用しながら話を進めるというものです。これだけで聞く側の抵抗感もぐっと少なくなります。例えば、次のように。
「○○さんも先ほどおっしゃっていたように~」
「○○さんがご不満に思っていた~という点は、実は私も同感でして」
「先ほどうかがった~というご意見から見ましても」
「先ほどの~というご提案は、大変参考になるものでして」
古代ローマの大弁論家キケローが著書の中で説いた、人を動かすための格言に、「動こうとしない馬を動かすより、走っている馬に拍車をかける方が楽」というものがあります。
相手の言い分はねじ伏せるのではなく、むしろ、このように引用し、それに沿って相手を動かした方が無理がないのです。
そのためにも、相手の話を聞くときも、単にボサっと聞くのではなく、あとで引用できるよう自分に有利な言い分を意識的に拾っておくことが大事でしょう。
また、もう一つ。
このテクニックが、感情的になった相手に対して特に有効なのは、引用することで「あなたの話をしっかり聞いていますよ」というメッセージにもなるからです。感情的になった相手の一番の地雷は、話を聞いていないと思われてしまうこと。
よく話し方の本などには、それを防ぐための方法として、相手の話のポイントを「○○ということですね」などと復唱しながら聞く「オウム返し法」などと呼ばれる方法が紹介されていますが、このテクニックは引用という一種の復唱を通じて「オウム返し法」の効果をも兼ね備えています。
以上、今回は、感情的になった相手に話を聞いてもらうための有効な手段として、「黙って聞く」をご紹介してきました。
説得や交渉において「いかに聞くか」は、いかに話すかに劣らず重要です。ぜひ聞き方にもこだわってみましょう。それだけで、説得・交渉は、かなりうまくいくようになるはずです。