巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
大衆娯楽には、現在まで長く愛され続けているものと、時代とともに消え去ってしまったものの2種類がある。『ジオラマ師』は、後者の担い手だ。ここで言うジオラマとは、タミヤの“ドイツ歩兵前線休息セット”とか“エル・アラメインの戦い”とか、そういうアレではない。19世紀のフランスでは、木箱の中に風景画を描いた布を張ったものを、ジオラマと呼んでいたのだ。布の後ろから光を当てると描かれた絵に遠近感が生まれ、あたかも実在の風景のように見えるのだ。最大の特徴は、キャンバスの表裏両面に絵が描いてあるところ。光の強さや照らす角度によって、映し出される絵柄が変化する仕組みだ。紙芝居とも絵画とも違う、フランスらしい幻想的な芸術と言えよう。ジオラマ師は、興行師と緻密な芸術家というふたつの顔を兼ね備えていたのだ。
ジオラマ師が描く絵には、必ず気を付けねばならない点があった。キャンバスに描く絵は、光を透過しやすいように薄く描かなければならないのだ。また、表裏の絵がズレてしまっては雰囲気ぶち壊しなので、恐らくはキャンバスを光で透かしながら描いていたものと思われる。こういった作業は、アニメーターがライトテーブルを使って絵を描く様子とイメージが重なる。めでたく完成したジオラマは、アニメよろしく若者に親しまれる娯楽として人気を誇ったという。
もし今ジオラマ館が日本にあったとしたら、オサレカップルのデートスポットとして案外人気を集めそうな気がする。そうなるのも癪なので、角度を変えると怒張した細密な男根像が露わになるジオラマを設置する方向で。もうそれ、ジオラマ館じゃなくて秘宝館ですけど。
(illustration:斉藤剛史)