会社に人事部門をつくるにあたって重要なのは、「やり方」より「考え方」。人事部門の担当者になる人は、まずは社長の「考え方」を知り、知ったうえで制度や施策を決めていく必要があります。その「考え方」の中でも、最も重要なのは「理念」です。
前回そのようにお伝えしましたが、なぜ「理念」がそれほど重要なのでしょうか。今回は、その理由について説明したいと思います。
あなたは何のために働いていますか。私は人事制度の説明会や管理職の研修などで訪れた企業で、必ずこの質問をしています。すると、ほぼ9割の方が「生活のため」と答えます。今この記事を読んでくださっているあなたも、そうかもしれませんね。生活のために働く。それは当然のことですし、決して悪いことではありません。
しかし、会社として考えると、この回答はイエローカードなのです。なぜなら、働く目的が「生活のため」だけだったら、もっと生活が楽になる会社があれば、離職してしまいます。たとえ給与は同じでも、もっと仕事が面白い会社や、福利厚生が充実している会社があったら、やはりそちらに転職してしまうでしょう。
近年は、どの業界も人手不足で苦しんでいます。良い人材を獲得するために、どの会社も必死です。特に若くて優秀な人材は、引く手数多(あまた)です。自社で働く目的が「生活のため」だけだったら、そういう人材を引き止めておくことはできません。社員全体のモチベーションを向上させることも難しいでしょう。
そこで重要になるのが、「理念」です。理念とは、その企業が、社会に、顧客に、どのような価値を提供し、何を目指すのか、などを示すもの。会社とは、そもそも「理念の実現」のためにあります。「それを一緒に実現しましょう」というのが経営者と社員の関係ですから、働く目的は本来「理念の実現」のはずです。
働く目的を質問されて、ほとんどの社員が「生活のため」と答える会社は、経営者の理念が浸透していない可能性が高いです。そのため多くの社員が離職したり、モチベーションが上がらず生産性が低迷していくおそれがあります。
創業期や成長期など会社のステージがまだ若いときは、社長が近くで仕事をしていますから、それほど意識しなくても、社長の想いや考えは社員みんなに浸透し、同じ方向を向いて仕事しています。しかし、いつの間にか会社が大きくなってくると、社長の想いや考え、つまり「理念」が社員に伝わらなくなってきてしまいます。
社長の想いや考えが伝わらなくなると、働く目的は「生活のため」だけになっていきます。働く目的がそれだけになってしまったら、「お金が足りない」と思えば離職し、「仕事がつまらない」と思ったら転職します。
どんなに仕事が大変でも、目的意識があれば、人は意外と頑張れるものです。しかし目的がしっかりしていない中でハードワークをさせられると、体調を崩したり、心を病んだり、いろんな不具合が起こります。そういう面でも理念はとても大事です。
理念は、その会社の目的であり、社員の人たちが働く目的ですから、その目的を浸透させておかないと、会社はバラバラになってしまいます。場合によっては、不祥事も起こります。最近話題になったビッグモーターの一件も、創業時の理念が忘れられてしまった結果なのではないでしょうか。