浩子さんは明快なビジョンを持ったアーティストで、プロジェクトの開始当初から、アルバムのコンセプトもはっきりしていました。
「私とギタリストの2人で奏でるアルバムです。お部屋でゆったりと、温かくて美味しい珈琲を飲みながら、気持ちよく聴いていただけるシリーズアルバムにしたいんです」
歌声とギターと珈琲と……浩子さんのビジョンを聞いているうち、イメージが頭に浮かんできました。
「大人の男性の落ち着いたオーディオルーム……そんな空間に置かれてもピッタリ合う、深みのあるセピアカラートーンの写真ビジュアルをクリエイトしたい。そして浩子さんを、“自然体だけどリッチ”なイメージで美しく飾りたい」
彼女の話を聞きながら、僕の中でそんなイメージが固まっていきました。
このアルバムは、CD4枚、LP2枚を数年かけて順次発売していくというシリーズ企画です。そのため、単発の「インパクト重視」のビジュアルではなく、飽きの来ない、「日常の1コマ」を切り取るようなものにすべき……毎日聴いても飽きることのない本格的なサウンドを込めたアルバムだからこそ、このような考えに至ったのでした。
さてその頃、タイミングよく若手フォトグラファーの森恒河さんが「何か一緒にクリエイトしたい! 撮影したい!」と言ってくれていたので、ぜひ! とお願いすることにしました。
撮影場所の候補の1つは、僕の大好きな空間である茅場町の旧森岡書店。雰囲気が素晴らしく、今回のコンセプトにピッタリのロケーションです。さっそく森岡さんに企画内容をプレゼンし、承諾をいただいて、撮影する運びとなりました。
そして迎えた6月の撮影当日――その日は朝から絶好の晴天で、降り注ぐ陽射しがキラキラ眩しい。ギタリストの馬場さんにはそこで初めてお会いし、今回のコンセプトを情熱を込めてお伝えしました。
撮影マストなカットはあらかじめ決めていたものの、即興が主体のJAZZセッションと同様に“LIVE感覚のフォトセッション”でいこう、ということになりました。被写体である浩子さん・馬場さん、そしてフォトグラファー・森さんの3人の呼吸で撮影が進んでいきます。シューティングということで少し表情が固くなる浩子さんを森さんがチアアップしたりしながら、様々なシーンを切り取っていき、刺激的な撮影となりました。
僕はアートディレクター、スタイリスト、美術スタイリストの3役をこなしつつ、その場その場でジャッジして、セットをチェンジしたりヘアメイクやフォトグラファーに指示したり、場を盛り上げたりしながら、撮影を楽しんでいました。そしてこんなことを思いつきます。
「あ、そうだ! せっかくジャズシンガーとギタリストのお二人ですし、この場で、演奏セッションをしていただけますか?」
ムチャぶりなそのリクエストに、プチ困惑しつつもオーケーしてくださったお二人。うーん、さすがプロ!
こうしてLIVEセッションがスタート。空間はたちまち歌声とギターの音色に包まれ、撮影スタッフも大興奮。おのずとシューティングに熱が入ります。
「わ! すごく表情がいい!」
これまで多数のアーティストのビジュアルクリエイションをしてきましたが、どうして今まで歌ってもらわなかったのだろうか。そんな思いが頭をよぎります。
それにしても贅沢な撮影。美しい音色に包まれている。最高だ! 浩子さんの歌声と馬場さんの奏でるギターの音色……これは素晴らしいビジュアルになる、そう確信しました。
そして興奮醒めやらぬ中――初夏のフォトセッションはHAPPYに終了したのでした。あ~、これは写真セレクト迷うな~……そんな、僕の嬉しい悩みとともに。
こうして、無事に撮影は完了。
その後、アルバムデザインのために、膨大な写真を1枚1枚見てセレクトすることに。これはどんなクリエイションでもそうなのですが、セレクトの際には、僕はかならずすべての写真に目を通すことにしています。
ファーストセレクト、セカンドセレクトを経て、アルバムに使用するカットが絞られていきます。それでもジャケットの四角サイズの中にレイアウトしてみるまでは、どの写真がベストかはわかりません。たとえばちょっと地味かなというカットでも、実際にレイアウトしてみると、思ってもみない素晴らしい絵になったりする。そういう発見による驚きが、すごく好きです。
さて、4枚のシリーズアルバムを制作していく上で重要なのは、「それぞれの表紙が似たものにならないよう配慮しつつシリーズ感を持たせる」ことです。しかも1枚ずつ、それなりの期間を開けて発表していくので、ファンの皆さまは自然と「次の1枚はどう来るのだろう」と期待しているはず。その期待を背負って臨むセレクトは、僕にとってとても楽しいものです。
膨大なカットの中からセレクトし、レイアウトする工程は、1人ワクワクドキドキなクリエイションの時間であります。浩子さんや馬場さんが驚き、喜んでくださるのを想像しながら、そしてアルバムを心待ちにしているファンの方々の思いを受けとめながら、日々クリエイトしています。